約束のティータイム
中庭、と呼ぶにはいささか簡素すぎる、ミリドニア城の一角。穏やかなはずの木漏れ日が、今は目にちらついて鬱陶しい。花を揺らすそよ風の中、粗末なガーデンテーブルを前にして、サンバンは溜息をついた。
「……安らかな寝顔しちゃってまあ」
ミリドニアの歴史を教えてほしい、と言い出したのはコハクの方だったはずだ。いやしかし一息入れたいと言ったのは自分だったか。お茶を淹れるのは慣れてるからと、ちょっと目を離した隙にコレだ。
――本当にこの子、わかってないな。
二度目の溜息。……甘やかしていた自覚は、ないとは言い切れない。賓客だった頃の癖が抜けなくて、過保護にしてしまっていたような気もする。そういう意味では自分にも責任はあるが、あまりに危機感が足りなすぎではないか。ここは、城の中でも男だらけの騎士団詰所だ。そして彼女は、隊服を着ているとはいえ性別は女だ。つまり、何が言いたいかというと。
「無防備に寝てんじゃねーッスよ」
ティーセットをテーブルに置く。腹いせも込めて、ぺちん、と軽くデコピンを――
「ぅんにぇあッ!?」
――したとたん、コハクが弾かれたように仰け反った。椅子がぐらっと後ろに傾くのが見えて、とっさに腕を伸ばす。ぐっ、と重い手応え。よかった、間に合った。おれの体は、ちゃんと椅子の背もたれを支えていた。
「あっ、ぶなー……肝が冷えた」
「さ、サンバンさん……?」
「大丈夫ですか」
顔を覗き込むと、コハクがみるみる赤くなる。ああ、そういえばこの子は自分に惚れてるんだったか。
「すみません、えっと、どこから謝れば」
「どこからでもどーぞ」
「じゃあ、その、寝ちゃってすみません」
「……寝たことの何が悪かったと思います?」
「お茶が冷めちゃいますよね」
「不合格」
仕方ない、今から鍛え直してやろうか。
湯を入れる前でよかった。ティーセットを横に退けて、出番は先だったはずの紙とペンを引き寄せる。
「さあ、お勉強の時間デスヨー」
「えっ、サンバンさんのお茶は!?」
「終わったらいくらでも淹れてあげますよ」
「ほんとですか約束ですからね」
勢いよく食いついたコハクに、サンバンはまた溜息をついた。今度は、ちょっぴり悪くない気分で。――甘いもの好きの彼女のために、普段使わない砂糖を取りに遠回りしたことは、内緒にしておこう。