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あなたの元へ

 いい時代になったものだ。どこかの誰かが開発してくれた謎技術のおかげで、今や宇宙にも手紙どころかメール送り放題、ビデオ通話だって気軽にできてしまう。しかし欲とは果てしないものである。どれだけ技術が発展しようが、本人が別の場所に居るという事実はどうしたって変わらない。結局はどこでもドアが欲しくなってしまうのだ。  そしてわたしは貪欲なので、どこでもドアがないのなら自力でなんとかしようとする女なのであった。 「アハハハハ……なんじゃー……会いたすぎて、コハクの幻覚が見えゆうがか……」  会って数秒、早々に幻覚扱いされてしまった。泣いていいかな。  しかし泣くほど殊勝でもないので、軽くほっぺたをつねってやった。辰馬は驚く余力すらないようで、呆然としたまま口を半開きにした。 「ほら、夢じゃないでしょ?」 「……痛くはないけんど」 「えい」 「いだだだだ! すまん! わしが悪かった!」  そんなに力を入れてないはずなのに泣きそうな顔になっている彼を見て、仕方なく許してあげることにした。  "それ" に思い至ったのは数日前のことだった。辰馬に会いに行こうと決意したわたしは、奴から居場所を聞き出した。そして予算と日程が許す範囲であることを確認するや否や、飛んできてしまった。もちろん文字通り、宇宙船で。……正確には有給を2日ほど消化してしまったけれど、そんなことはどうだっていい。  しかし、辰馬の慌てようといったら、とてもかわいかった。手紙と同じく何故か訛りの抜けた丁寧な口調で、続けざまに送られるメッセージの数々。 『行くってどういうことですか』 『冗談ですよね』 『返事してください』  ……等々。もちろんバックアップも取ったしスクショもした。  さて、辰馬の頬からは手を離したけれど、名残惜しくなってしまった。せっかく近い位置に顔があるので、今度は両手で顔を包んでみる。くせっ毛が指に当たってくすぐったい。辰馬がさらに屈んでくれて、うるんだ瞳がちらりと見えた。……サングラスが邪魔だな、まあいいか。そうして、いつも辰馬がしてくれるように、わたしから――しようとしたそのとき、わたしの頭が大きな手で包まれた。え、と驚く間もなく、顔が近づく。  ばくん、ばくん、と心臓が鳴る。ああ、どうしていつまで経っても緊張してしまうのか。 「……ずるいなあ」 「おまんも十分ずるいき、お互い様じゃ」 「なにそれ、お似合い夫婦って言ってる?」 「ほりゃあえいにゃあ」  ちゅ、と軽くもう一度。誰かが探しに来るまでは、もう少しこのままで。
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