雨日和スタッカート
ぱたん、ぽたん、と垂れる雫と、カツン、コツン、と響くヒール。そう、石畳は優秀な楽器で、わたしはスコアを飛び越える軽やかな音符なのである。
どうしてこうも上機嫌なのかと問われれば、雨だからに他ならない。どうしてもうずうずして、思わずそのまま中庭に飛び出してきてしまった。急ぎの仕事は死ぬ気で終わらせたし、今日の仕事は明日でいいや、そう呑気に構えながら。腕を打つ雨粒の感触も、脚を伝う生ぬるさも、全部全部私のもの。とんっ、と小さく跳ねてみれば、水たまりはきっとテヌートになる。
そういえば花壇のペチュニアはどうなったかな、と駆け出そうとしたそのとき、唐突に腕を引っ張られた。うわ、とバランスを崩し、後ろへと倒れる。やばい、と思った瞬間、温かいものに受け止められた。
「何してんだ、菅崎!」
「あっ、はんちょー」
振り返ってみると、そこには我が科学班の班長たるリーバーさんが居た。えへへ、と思わず笑うと、眉間をチョップされた。そして、そのまま前髪をかきあげ――まばたきしたあとには、青空色の瞳が目の前にあった。
「……熱はなさそうだな」
ああ、なるほど、熱を。心配させちゃったかな、と思うと同時に、久々の距離に胸がとくんと高鳴る。水のベールが私たちを隠している今、まるで世界は二人きりだ。そっと彼を見つめれば、彼も私を見つめていた。そうしてしばらく、雨音だけが響いていた。
「っくしゅ!」
その静寂を破ったのは、私の小さなくしゃみだった。
「ほら言わんこっちゃねえ! 帰るぞ、コハク」
「はあい」
もうちょっとだけ二人で居たかったな、なんて思っていると、指に柔らかな感触。
「帰るまでの間だけ、な」
「……うん」
この静かな静寂は、私の希望通り、もう少しだけ続きそうだ。