花絨毯
夢を見た。彼女が色とりどりの花に囲まれて、微笑んでいる夢だった。文字通り、横たわって、切花に埋もれて。肌は異様に白く、唇には紅が差してあるようだった。頬に触れると、それは硬く、冷たかった。コハク、と、呼びたかった名前は音にならず、ひゅうひゅうと喉から空気が漏れるだけ。コハク、コハク――!
はっ、と目が覚める。視界に映るのは天井、背中には硬いスプリングの感触。握りしめていた手を開くと、掌にはくっきりと爪痕が残っていた。
「それ、吉兆ですよ」
「そうなのか!?」
夢占いに詳しい人物を、俺は一人しか知らなかった。だから、こいつに聞かざるを得なかった。そう、コハク本人に。もちろん、「絶賛片思い中の彼女が死んだ夢を見た」なんて言えないから、「大切な人が死ぬ夢」として相談を持ち掛けたのだが。
「夢占いじゃ有名な話です。再出発とか、生まれ変わるとか、新たなステップに突入するとか。まあ、要はチャンスですね」
「チャンス……」
「その人を愛してるんでしょう?」
「へ」
俺が相当変な顔をしていたのだろう、コハクはふふっと吹き出して、言葉を続けた。
「勘です。だって、リーバー班長、本当に不安そうだったから。そんな気がしたんです」
彼女は、自分が関係しているなんて露ほども思わないのだろう。ゆったりとマグカップに口をつけて、微笑む。俺がその温かそうな唇にほっとしているなんて、きっと想像もしていない。
「どなたかは存しませんけど。たまには、言葉で直接伝えるのも、大切ですよ」
そんなことを言うから、俺は、思わずコハクを見つめた。直接、言葉で。目の前の彼女が、夢で見た光景と重なって、思わず口が先に出た。
「俺は、コハクを想っている」
「……え」
「俺は、コハクが、好きだ」
コハクは、しばらく目を丸くしていた。かたん、とマグカップが机に置かれる。徐々に頬が赤くなり、そして――気づけば、目に涙が溢れていた。
不思議なことに、慌てはしなかった。彼女の頬に、そっと手を添える。
「ほん、とに?」
「ああ」
「リーバー班長が、わたしを?」
「嫌だったか?」
そう問うと、コハクはふるふると頭を横に振った。
「びっくり、して、うれしくて……だって」
「自分じゃないと思ってた?」
「リーバー班長には、想い人がいるからって」
諦めようと、してたのに。そう呟いて、彼女はまた、熱い雫で頬を濡らす。そうやって、彼女が自分のせいで涙を流すのが、どうしようもなく愛しい。たまらなくなって、彼女の両手を包み込んだ。
「なあ、コハク。俺の恋人に、なってくれませんか」
はい、という彼女の小さな声に誘発されて、柔らかな頬にキスをした。どうか、彼女が本当に棺に納まるまで、彼女をずっと、愛し続けられますように。そう願いながら。