恋すてふ
「な、なんで知ってるの」
「みんな知ってるわよ」
知らないのは班長とコハクだけじゃない? と言うリナリーは、とても呆れた顔をしていた。……そんなにわかりやすかったのだろうか、私の恋心というものは。
我が科学班の班長たるリーバーさんのことを好きだと気づいたのは、つい3日前のことだった。それまでも、何となく目で追ってしまうなあとか、かっこいいなあとかは思っていた。いたけれど、まさかそれが恋心ゆえとは思いもよらないじゃない。でも、自覚した瞬間、すとんと受け入れられてしまったのだ。だから、こっそり片思いし始めたばかりだというのに。
「だってコハク、リーバー班長と居るときだけ、ちょっぴり可愛くなるのよ」
「えっなにそれ」
「やっぱり、意識してやってたわけじゃなかったのね……」
意識するも何も、気づいたのがついこの前なんだってば。とは、また呆れられそうだったから胸の内にしまっておく。黙ってコーヒーを啜ると、何も言ってないのにリナリーはため息をついた。
「お節介かもしれないけど、これでも心配してるのよ」
ココアを両手で持つリナリーは、私なんかよりもずっと可愛いのになあ、なんて頭の隅で考える。リナリーこそ、いい人いないのかな。
「大丈夫だよ、告白するつもりないし」
「うーん、そうじゃないっていうか……」
ほら、首を傾げる姿だって、こんなにかわいいのに。
なんて呑気に構えていたら、部屋の外から聞こえていた足音が止まった。噂をすればなんとやら、だ。ノックに返事をしてドアを開ければ、思っていた通りの人が顔を出した。
「菅崎、ちょっと……ってリナリーも一緒か」
丁度いい、と言ってリーバー班長は手招きする。リナリーがぱたぱたと駆け寄ると、班長は紙袋を取り出した。
「聞いたぞ、室長にサプライズでサンドウィッチ作るんだって? これジェリーから、焼きたてだぞ」
「リーバー班長が受け取ってくれたのね、ありがとう!」
リナリーは、リーバー班長にふわりと微笑んだ。並んだ姿があまりにも完成されていて、胸がちくりちくりと痛み始める。
「リナリーは可愛いな、あの兄貴にはもったいない妹だ」
「そんなことないよ。兄さんが頑張ってるから、何かしたくなるの」
そして、リーバー班長は紙袋を渡すと、そのまま手をリナリーの頭へ。ずきん、と胸がひときわ大きく軋んだ。羨ましい、と思ってしまう。
そうだ、私だって。
「わ、わたしだってかわいいですもん!」
きゅっ、と心臓が縮んだ気がした。思っていたより大きな声が出て、自分で怯む。
とっさに出てきた言葉がそれだった。が、自分が何を言ったのかようやく理解して、頬がじわじわと熱くなる。
「あっ、いや、ええと」
しどろもどろになりながら、弁明の言葉を探していると、リーバー班長は小さく笑った。そして、リナリーから手を離し――私の頭に乗せる。
「そうだな、菅崎もかわいいよ」
「はん、ちょう」
撫でる手はうっとりするほど優しくて、私の胸の痛みをとろとろと溶かしてくれる。目をつむると、まるで世界が二人きりになったような気分だった。
「私、班長の手、好きです」
うっすらと目を開けて、リーバー班長を見上げる。瞳がかち合うと、班長は笑みを深くした。
「やっぱり、仲良しの兄ちゃんくらいにしか思われてねーよなあ」
はあ、と研究室に深いため息が響く。
「何でそうなるんスか、班長」
「さっき、菅崎に頭撫でるの催促されてな」
思わず撫でちまった、と、再びため息。
「完全に子ども扱いじゃねーか……」
「確かに、女性に対する態度とは違いますけど」
ジョニーがぐるぐるメガネをかけ直すと、リーバーは頭を抱えていた。ジョニーまでため息が出かかったが、これ以上辛気臭くしてたまるものかと、ぐっとこらえる。
「そんなに悩むなら、アプローチでも何でもすればいいじゃないっすかあ」
「それができたら苦労してねえっつの! お前、あの見た目に手ぇ出せるか!?」
「まあ、ですよねえ」
菅崎は純日本人で、リーバーと歳はさほど変わらないはずなのに、どうしても10代のように見えてしまうのだ。それが、リーバーを踏みとどまらせていた。
ジョニーはこらえ切れず、長く息を吐く。
――一体いつまで、この二人の茶番に付き合わねばならないのだろう。
班長と班員のこれからに、ジョニーは頭を悩ませるのであった。