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当サイト比で描写が甘めです

引き出したい

 たびたび、ずるいなあと思うのだ。だって、いっつも私ばっかり、リーバーさんのかっこよさに当てられている。一挙手一投足にときめいてしまって、彼のことしか考えられなくなってしまう。夢中になってしまう。そんな私を見て、リーバーさんは余裕綽々に「かわいい」と言ってのけるのだ。違うの、私が欲しいのは、それじゃないのよ。  ……いやまあ、じゃあどんな言葉ならいいのかなんて、わかんないけども。  どうしようもないので、私は今日もリーバーさんを見つめる。めずらしく二人揃って早く仕事を切り上げられたから、一緒に食堂で夕飯をとって、肩を並べて同じ部屋へ帰ってきた。まだ宵の口なことが不思議で、いかにいつも仕事に追われているかがよく分かる。リーバーさんは、私にはタイトルすら理解できない本を手に取ると、ベッドに腰掛けた。何やら難しそうな本を、とっても楽しげに読む彼は、きっと本当に根っからの研究者だ。そんなところまでかっこよく思えてしまうのだから、恋とは厄介なものだ。好きだなあ、愛おしいなあ、と、そんな思考に支配されてしまう。 「……何だ?」 「えっ」  気づけば、リーバーさんは私を見つめ返していた。一体いつの間に。ちょっぴり羞恥心が湧き上がってくるけれど、目を逸らすほうがもったいない。赤くなっているであろう頬をそのままに、彼の瞳に視線を固定する。 「べつに、なんでもないよ」 「そうか? ずっとこっち見てただろ」 「だって、リーバーさんがかっこいいんだもん」  思っていたことが、するりと口に出てしまった。リーバーさんは一瞬言葉を詰まらせて、ぱたんと本を閉じる。その目が一瞬、ぎらりと光ったような気がした。 「お前は、ったく」  まばたきの後、そこに居たのはいつものリーバーさんだった。気のせい、だろうか。本を置いた、その手に引き寄せられる。優しく包み込まれて、私も素直に背中に手を回した。 「あのなあ、俺の努力を台無しにしてくれるなよな」 「努力?」 「……俺はまだ、お前に怖がられたくない」  どういうことだろう。リーバーさんの顔が見たくて、頭を傾け――ようとして、リーバーさんの大きな手に阻まれた。意外に強い力に、心臓が跳ねる。そのまま、おでこを胸に押し付けられた。どくん、どくん、と、自分の鼓動がうるさいくらい耳に響く。 「見るな」 「えっ、なんで」 「今はダメだ。……頼む、見ないでくれ」  耳元でかすれる声は、今まで聞いたどんな声よりも熱をはらんでいて。いつもと違う彼の様子に、ぞくっ、と背中に甘い痺れが走る。 「お前にはまだ、気づかれたくなかったんだけどな。……俺は、お前が思ってるよりずっと、お前が好きで好きでたまらないんだよ」 「っ、え?」 「でも、みっともなくがっついて、お前に拒まれるのが怖い。ほんとは今すぐ、お前に溺れて、痛いくらいに抱きしめたい。キスだって、ほんとは……っ」  吐息まじりの告白に、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。リーバーさんに、こんなに感情をぶつけられるのは、初めてだ。怖いだなんて全然思わない、むしろ、これは。  ぎゅうっ、とリーバーさんを力いっぱいに抱きしめると、体が小さく震えていることに気づいた。 「リーバーさんのこと、いつも余裕があってうらやましいなあって、思ってた」 「ごめんな、もう――」 「嬉しいよ」 「……は?」  リーバーさんがためらうなら、そう、自分から欲しがればいい。私のために、私を求めてほしい。 「ね、お願い。もっとちょうだい、リーバーさん」  喉が鳴る音が聞こえる。リーバーさんは腕を解くと、私の肩に置いた。耳元に、吐息。 「……嫌になったら、すぐ止めてくれ。約束できるか?」 「うん」  ゆっくりと体が離される。頬に柔らかい感触がして、ちゅっ、と音を立てた。思わず目を閉じると、反対の頬が温かい手に包まれる。再びまぶたを開けば、そこには、見たことのないリーバーさんが居た。眉根を寄せて、頬を紅潮させて、苦しそうに息をして。 「好きだ、コハク」  唇が重なると同時に、熱いものがぬるりと侵入してくる。びっくりした私の舌に触れたかと思うと、あっという間に柔らかく解されてしまった。くにゅくにゅと絡み合う快楽に、脳が追いつかない。甘く吸われて、押しつぶされて、上あごを掠めて。真っ白になる意識を繋ぎ止めることだけで、せいいっぱい。――こんなの、知らない。 「っはぁ……、かぁっわいい」  その切なげな声に、体の芯が溶ける。何度も言われたはずの「かわいい」が、私の探していた答えを示していた。特別な言葉が欲しかったわけじゃない、私は、リーバーさんに求められたかったんだ。私がリーバーさんにそうであるように、リーバーさんにも、私に夢中になってほしかった。  それからリーバーさんはタガが外れたように、キスの合間に、かわいい、かわいい、と繰り返した。それはいつものような、伝えられる「かわいい」ではなかった。思わず出てしまった、独り言のような、「かわいい」。それを聞くたびに、私の胸はいっぱいになった。  舌と舌が糸を引いて、途切れる。休む間もなく、耳を食まれた。舐め上げられて、背中がびくびくと仰け反る。 「俺に夢中になって、とろっとろになって、ほんと、かわいい……っ、もっと、見たい」  もう、自分がどうなっているのかもわからない。首筋に走る痛みにさえ、肩が動いてしまう。ただただ幸せで満たされて、リーバーさんが私しか見ていない、この状況に酔っていた。 「コハク、俺のコハク、あぁもうすっげェかわいい」  熱に浮かされたような声に、力が抜ける。崩れるようにして、くったりと彼に身を預けた。 「っあ、コハク!?」  リーバーさんの焦った声が聞こえる。息が苦しい。焦点の定まらない目でリーバーさんを見上げると、リーバーさんはためらいがちに私の肩に触れた。 「大丈夫か、ごめん俺――」 「リーバーさん」  逃げようとする手をつかまえて、握る。 「もしかして、ずっと我慢してくれてたの」 「急ぐもんじゃねーし、ゆっくりでいいだろって思ってたんだよ」 「よかったのに、してくれて」 「……でも」  リーバーさんはきっと、私の負担を考えてくれていたんだろう。慣れていない私に、合わせてくれていた。けど、私は。 「私が、して欲しいの。ねえリーバーさん、教えて?」  私のお願いに、リーバーさんは「少しずつ、な」と応えて、手の甲にキスしてくれた。
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