向日葵ピチカート
夢を見た。ぎらぎらと頭を焦がす太陽と、通り過ぎてゆく向日葵の群れ。息はもう絶え絶えで、肺が今にも焼けそうだ。けれど、私は止まれない。土の匂いの中、走って、走って、夢中で足を動かして――
がくん。
ばっ、と反射的に頭を起こす。よかった、机もインクも、ついでにおでこも無事だ。座りっぱなしでお尻は痛いし、急に起きたせいで心臓がばくばくしているけれど、それ以外は問題なさそうだった。そっと息を吸い込むと、少し肺が痛い。
「起きたか、菅崎」
降ってきた声に目線を上げると、斜め前の席でコーヒーを啜るリーバー班長がいた。微笑む目元に隈はなく、いつもより顔色は良さそうだ。わー、いつものくたびれた班長も素敵だけど今の班長もかっこいいな。なんて、しばらくぼうっとそれを眺めていたけれど、数度ぱちぱちとまばたきして、どうにか少し目が覚めた。
「……んあ、おはようございます」
「おう、おはようさん。今日は部屋で寝られるぞ」
「えっ」
一気に眠気が吹き飛び、さあっと血の気が引く。見れば、煩雑に散らばっていたはずの書類たちにはサインが施してあり、資料はきちんとファイリングされていた。
「あっえっ、わあっすみませ……!」
「ははっ、ひとつ貸しな」
そんなこと言って、一度も返させてくれないくせに。けれど、もう過ぎてしまったことは取り戻せないから、ありがたくその「貸し」を受け入れるしかなかった。
あああ失敗した、とうなだれていると、まぶたの裏に、ふと先ほどの景色が蘇ってきた。視界を覆い尽くす向日葵畑、そよそよと揺れる青い葉。そう、まるで、この人みたいだ。
「リーバー班長って、向日葵みたいですよね」
「なんだ突然、すぐにでも医療班に運ぶか」
「なんで!」
心配される覚えはない。けれど、リーバー班長にとっては話が飛躍しすぎていたようで。それならばと、夢を見ていたことから順を追って話した。のに。
「俺ってそんなに威圧的だったのか」
「そうじゃなーい!」
どうしてこうも曲解されるのか。私の話し方が悪いのだろうか。
「向日葵っていうのはですねえ、ずっと太陽を見ている花なんですよ」
半ばムキになりつつ説明しようとすると、だんだんと熱が入ってきてしまった。たっぷり陽の光を浴びた姿、はつらつとしたその鮮やかさ、遠くを見渡せる背の高さ、等々。
「つまりですね、向日葵っていうのはとってもキラキラした花なんです!」
だん、と机を叩くと、リーバー班長は目を丸くして、マグカップを置いた。
やってしまった、と自覚したのは、回りが静けさに包まれてからだった。熱弁するにしても、ちょっと声が大きすぎた。刺さる視線が痛い。いつの間にか立ち上がっていた腰を下ろし、「すみません」と小声で付け足した。
科学班に喧騒が戻る。ちらりとリーバー班長を覗くと――その顔は、赤く染まっていた。
「見んな」
「ぐえっ」
頭を再び机に押しやられて、今度こそごちんとおでこをぶつけた。そうして冷静になってから、自分がとんだ愛の告白をしてしまったらしいことに気づいたのだった。