医療班の矜持
科学班はタフだ。確かに、純粋な肉体労働という面で言えば、そうとは限らないかもしれない。でも、彼らはとにかく気力がすごい。……逆に言えば、気力で全てどうにかしようとするきらいがある。
そして、もちろんそんなことは無理である。
「もう、だから言ったじゃないですかあっ。せめて! 睡眠時間は! 確保してくださいって!!」
「はは……」
「笑い事じゃないんです!!」
びしっ、と指を突きつけて、怒った顔を作る。もう、今日こそは怒んなきゃいけない。
「私が本部医療班に来て、まだたったの1週間ですよ!? なのに、どうして科学班は5人も倒れてるんですか!? しかも5人目は班長って!!」
そう。私の目の前に居るリーバー班長は、ベッドで横になっている。
正確に言えば、リーバー班長は倒れたわけではない。立ったまま眠ってしまったのを、科学班の方が2人がかりで運んできたのだ。ちなみに4時間眠った彼がそのまま科学班に戻ろうとしたから、近くに居たラビさんに協力してもらってベッドにぐるぐる巻きに拘束した。右腕は縄から抜けてしまったけど、リーバー班長の利き手は左だからまあよしとする。反省を活かすべく、今度婦長に教えてもらおう。
話が逸れた。そんなことより、今論じるべきなのは科学班の過労についてだ。
「とにかく、今日から3日間は医療班で過ごしてもらいますからね!」
「いやぁ……申し訳ない」
「違いますっ、謝ってほしいんじゃないんですよ、もう!」
ほんとに、科学班は根本的なことがわかってない。
怒り疲れて力が抜けた。慣れないことをするもんじゃない。ぽすん、とベッドに腰掛けると、落ち着いて気が緩んでしまって、無視しようとした感情を思い出す。だめだ、これは、患者には見せちゃいけないものだ。それでも胸は勝手にきゅうっと痛んで、涙が目に滲んできた。そのままひとつぶ、こぼれ落ちる。
右を向けば、歪んだ視界でも、リーバー班長が目をまんまるにしているのがわかった。右手は迷うようにおろおろしてたけど、ベッドの上に落ち着いた。
「医療って、ほんとになんにもできないんですよ。何かあってから、そのあとに動くことしかできないんです」
リーバー班長は静かに聞いてくれていた。
本当に、言うつもりなんてなかった。なかったのに、リーバー班長にはどこか安心感があって、言葉が自然と声になってしまう。おかしいな、ほとんど初対面だっていうのに。
「だって、病気や怪我の予防って、結局その人に任せるしかないじゃないですか。私たちには、うるさく口出しすることしかできないんですよ」
どんどん感情的になってしまうのが、自分でもわかる。なのにコントロールがきいてくれない。だめだ。
「なんでも治せる魔法使いじゃないんです、私たちって。どんなに頑張っても、努力じゃどうしようもないところで、力が及ばなくなっちゃう。……だから、言いつけ守らずに仕事しちゃう科学班なんて、だいっきらいです」
――言いすぎた。
直後になって、後悔した。大嫌いなんてほんとは思ってない、言いたいのはそんなことじゃなかったはずだ。でも、偉そうに言った手前、ごめんなさいなんて言えっこない。
もどかしくて、悔しくて。もうひとつぶ涙がこぼれそうになったから、顔を背けた。
しばしの沈黙。先に口を開いたのは、リーバー班長だった。
「……それは、俺たちを心配してくれてるってことで、いいんだよな」
当たり前でしょ、私は医療班なんだから。
とは思っても、声にはならなかった。
「菅崎、心配かけてごめんな。そんで、心配してくれてありがとう」
優しい声だ。
ひっく、と横隔膜が引き攣る。ぼろぼろと涙があふれて、スカートが濡れた。
ひどいこと、言ったのに。リーバー班長は、私の言葉を汲み取って、私の言いたかったことを丁寧に拾い上げてくれた。やっと伝わったのが嬉しくて、ぎゅっとシーツを握った。
でも違う。欲しいのはその言葉じゃないんだ。私は、もっと先の言葉が欲しい。
「だめです」
「えっ」
「ちゃんと、ちゃんと寝るって、やくそくしてくれますか」
うつむいたままリーバー班長をちらりと見る。シーツを握った私の右手に、リーバー班長の右手が重なった。
「ああ、約束する」
「ほんとに?」
「菅崎に、これ以上心配かけたくないからな」
左手で涙をぬぐって、はっきりした視界で見たリーバー班長は、困ったように笑っていた。
あれから一ヶ月。科学班からの「持ち込み」は、ぐっと数を減らした。どうやら、リーバー班長が色々とやってくれているらしい。せっかく婦長に仕込んでもらった拘束技は、活用の機会を失ったままである。残念だけど、いいことだ。
久々に顔を合わせたジョニーも、心なしか前より顔色がいいように見える。
「俺たちもさ、コハクたちがいるってわかってるから、何とかなると思って無茶しちゃうんだろうなぁ」
点滴を替えていると、ジョニーがほのぼのと言った。いやいや、医療班的にはそれ、聞き捨てならない。
「あのねえ、今まで何もなかったのが奇跡なくらいなのよ。睡眠不足だって、下手したら死んじゃうんだからね」
「あはは。でもほんと、コハクが来てくれてよかったよ」
そうだろう、そうだろう。本部医療班のみなさんって、科学班の無茶に慣れちゃってて半分諦めかけていたらしいから。婦長みたいなリーダーや、私みたいな新人が、どんどん異を唱えていかなきゃ。
なんて思っていたけれど、なんだか話の方向がちょっと違うみたいだ。ジョニーの話題は、リーバー班長の仕事の効率がとか、ストレスがとか、モチベーションがとか。科学班というより、リーバー班長個人の話らしい。
……おかしいな。まるで私の密かな片思いがバレているかのような話っぷりだ。そんなはずはないのに。
首を傾げていたけれど、医療班の先輩から呼ばれてしまったので、ジョニーとの話を切り上げた。――さあ、今日も忙しくなる。気合を入れ直して、私は歩調を速めた。