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約束のティータイム

 さっきまで大きなあくびをしていた猫は、今は窓辺で丸くなっていた。安らかな寝顔をした彼女が今は羨ましい。わたしはといえば、今度はティーポットを掴んだとたんにストップがかかった。 「君はティーポットも満足に持てないのか、どうしてそこで人差し指が伸びる!」 「だって落ちちゃうじゃないですか、フタ」 「何のためにストッパーがあると思ってるんだい」 「えっなにそれ」  ほら、とフェムトさんがフタを開けて確認させてくれた。ほんとだ、出っ張っている。そっかあ、急須と違ってフタを指でおさえなくていいのか。便利だな。感心していると、フェムトさんは見透かしたように「どちらにせよ君は手が小さいんだから両手で持つべきだろう」と釘を刺してきた。いやいや急須くらい片手で持てるってば。確かにギリギリだけども。  課題用に出されたカップは4つで、人をもてなすときの練習だそうだ。止まらないフェムトさんの言葉を聞きながら、なんとか紅茶を注ぎ終える。どうですか、と確認すると、フェムトさんはそのまま黙ってしまった。あれ、どうしたんだろう。指摘がない。 「色が、均一だ」 「うん?」 「カップごとの色ムラが少ない。初めてにしては綺麗に淹れられたじゃないか」 「そりゃあ緑茶は何度も淹れてますから」 「ほんとに君は根っからの日本人だな」  それは素敵な賛辞だ。ふふん、と得意気に笑えば、フェムトさんは口で応戦してきた。 「ティーカップの底に手を添える人間なんて初めて見たけどね」 「うっ、あれは初めてだったんだから仕方ないじゃない」 「スコーンがボロボロで目も当てられない状況だったこともあったな」 「今はちゃんと食べられるもん!」  頬を膨らませたところで、フェムトさんは人差し指を窓に向けた。くいっ、と外側に軽く振れば、同時に窓が開く。そよ風がフェムトさんの髪を揺らして、きらきらと光の反射を操った。窓辺に陣取っていた猫が億劫そうに片目を開けたけれど、耳を数度動かしただけだった。 「さあ。約束通り、今日はここまでにしよう」 「やったー!」  両手を上げて、さっそくスコーンに手を伸ばした。ぱかっと二つに割って、クリームとジャムをたっぷりと乗せる。そう、今日のレッスンはこれで終わり。ここから先は無礼講なのだ。大口でかぶりついても、ちょっとくらいは許される。笑顔でさっくりとした生地を頬張ると、指が近づいてきた。フェムトさんの、素手。唇の端をそっと撫でられる感覚に、心臓が硬直する。指が離れて、ようやく金縛りから開放された。ぎこちなくフェムトさんの方に首を向けると、いたずらっ子のように微笑んでいた。 「詰めが甘いよ。ちゃんと食べられる、なんて言ったのはどの口かな」  ……これだからフェムトさんは。どうしてこんなにかっこいいのか。そんな愛おしそうな声で、柔らかな表情で、あまりわたしを夢中にさせないでほしい。  こうなったら反撃だ。わたしはフェムトさんの手を奪ってジャムを舐め取った。
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そよ風/安らかな寝顔/甘い
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