空中散歩
「飛べるぞ?」
「やっぱ飛べるのね!?」
平和な日の昼下がり。堕落王の城の一部屋でだらだらしていて、ふと思った。堕落王フェムトのことだから、空ぐらい飛べるのかなぁと。それで軽く聞いてみると、やはり飛べたらしい。さすがというべきかしら。
「じゃあさ、飛んでみてよ」
「べっつにいいけど、日常的にしていることだからなー。つまらん」
そう言うなり、フェムトはぷいっと顔を背けてしまった。彼にとっては暇つぶしにもならないらしい。でも私は至って普通の人間で、フェムトのような超人ではない。空を飛べることというのは、日常ではなく、特別なことなのだ。
しかし、思ってみれば、フェムトが「普通」な私に興味を持ったこと自体が珍しすぎる。ましてや愛の告白にOKするなんて奇跡に近いこと。つまり、コンマ1パーセントの確率さえあれば、あり得ることはあり得るのだから、今のフェムトを飛ぶ気にさせることだって、きっとできるはず。
「……ふぇーむーとー」
フェムトに背中から抱きついて、頭をぐりぐりと押し付ける。
「面倒な女だな君は」
「だって見たいんだもん」
フェムトはやれやれといった雰囲気で、深くため息をついた。
「そんなに興味のそそられるものかね、飛行というのは」
「うん」
見たい見たいー、と駄々をこねながら、さらにぐりぐりする。
「そんなに言うならな、僕の退屈を紛らわせるぐらいしたらどうだい」
「私は普通の人間代表ですから」
「それは、暗に拒否しているのか」
「そのとーり」
現に私は、フェムトを満足させられた試しなんて一度もない。だから、退屈を紛らわせろと言われたところで、私には無理があると思うのだ。
「仕方がない、ヒントをやろう」
「ヒント?」
「条件をクリアすれば、特別に飛んでやってもいいだろう」
ばっ、と背中から頭を離す。それは聞きたい。
フェムトは振り返ると、私の目線に合うようにかがんで、唯一見える口をにやっと曲げた。
「僕は、君が思っているよりもずっと、君を気に入っている」
「……へ」
「それがヒントだな」
もしかして。常日頃、私はフェムトにとってどうでもいい存在なのではないかと思うことが多々あるのだけれど、もしかしてそれを見透かされていたのだろうか。
「……フェムトってさ、私のこと、けっこう好きだったりする?」
「何を今更、好きどころか愛しちゃってるな」
さも当然かのように答えるフェムト。この人は、こういうところが、たまにやっかいだ。
肩の力を抜く。私はひとつの思いつきを実行することにした。退屈じゃなくなって、互いに利益があって、かつ私の興味が満たされる方法。
「ね、フェムト。今からデートしない?」
「ふはっ、ふっつーだな」
「ふっつーだよ」
だが君の普通は嫌いじゃない。
そう言ってフェムトは私の手を取ると、ステッキで床を蹴り、二人分の靴を地面から浮かせた。