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王と王妃のメイドちゃん

「王妃さま王妃さまー!!」  今日も私の脚は絶好調。メイド服をなびかせて、コハクさまの元へ颯爽と参上した。  びしっ、と敬礼の真似事をしてみれば、コハクさまはおかしそうに微笑んだ。 「ご報告しますっ。本日の王さまは紅色のコートだそうですよ!」  コハクさまに言われた通り、フェムトさまの今日の服の色を聞いてきたのだ。コハクさまは、フェムトさまの色に合わせたいのだそうだ。 「王妃さまお気に入りのアレ出します? それとも、このまえ買ったアレにします?」 「そうだなあ、メイドちゃんはどっちがいいと思う?」 「むむっ」  とても難題を出されてしまった。正直、作られたばかりで名前すらないホムンクルスである自分には、センスというものがない。だって、コハクさまとフェムトさましか知らないから。だから私は、服ではなく、コハクさまを基準に考えがちだ。コハクさまが、フェムトさまと一緒に居て、楽しめる装い。  そういえば。服を買ったとき、コハクさまは「喜んでくれるかな」と頬を染めていた。そんなかわいらしいコハクさまを見れば、きっとフェムトさまも喜んでくださるし、コハクさまも喜ぶはず。 「このまえ買った方がいいと思います!」 「じゃあ、それにしようかな」 「えへへ、持ってきますね」  おじぎをして、再び廊下に出る。そして、片手間に目に入ったネズミを掃除しながら、走らないようにできるだけ急いだ。廊下だけは危ないから走らないようにって、お二人から言われているのだ。  まったく、フェムトさまとコハクさまが結婚してからというもの、ネズミがじわじわ増えてうっとうしい。結婚祝いなら受け取るけど、そうじゃないから面倒なことこの上ない。ポッケに忍ばせているおやつのピーナッツを一粒取って、指先でまっすぐ横に弾く。ピーナッツが壁を貫通すると、奥からうめき声が聞こえた。あとは先輩たちがやってくれる。  クローゼットから目的のドレスを持って戻ると、コハクさまは既に下着姿だった。 「お、王妃さま!」 「ごめんごめん」 「もうっ、デートが楽しみなのはわかりますけど、風邪ひいちゃいますよ」  私たちは主従だけど、私からしてみれば、コハクさまは生まれて初めてできたお友達でもある。友達のことを心配するくらいは許されたい。  深い紅色のドレスは、コハクさまにとってもよく似合う。コハクさまは、フェムトさまに褒められてから紅色を好むようになったらしい。私が「似合う」と感じるのも、コハクさまが明るい表情をしているからかもしれない。  恋、というらしい。いや、言葉自体は知っている。ただ、私たちは寿命がそんなに長くないから、恋とやらは縁遠い存在なのだ。でも、コハクさまの様子を見ていると、この世に恋というものがあってよかったなって心底思う。  コハクさまは髪を整えて化粧をすると、私の前でくるりと一回転した。 「どう、かな」 「素敵ですっ」 「よかった」  装いの良し悪しなんてわからないけど、コハクさまがかわいいから、私はいつも偽りなく「素敵です」と言うのだ。  だから、私はちょっぴりイタズラしたくなってしまう。 「王妃さま王妃さま、なんで王さまが紅色を選んだか知ってます?」 「えっ、理由があったの?」 「だって昨日、王妃さまが『紅色が好き』って言ってたからですよ」  そう。コハクさまは「フェムトさんに褒められたから」というだけで紅色が好きになるほどフェムトさまが好きだけど、フェムトさまも「コハクの好きな色を着たい」と思うほど、コハクさまのことが大好きなのである。  コハクさまはそれを聞くと、チークを乗せた頬を更に赤くした。コハクさまの嬉しそうな顔は、私も大好きだ。 「お出かけまではまだまだ時間ありますけど、どうします?」 「そうだ、トランプしない? アンナちゃんたちも誘ってさ」 「いーですねえ! 声かけてきますっ」  アンナちゃん、とは私の先輩のひとりだ。ここに居るホムンクルスは全員、コハクさまのお世話から仕事を始める。だから、コハクさまとはみんな友達でもあるのだ。  仕事に慣れたら後輩にその座をゆずって、最後にコハクさまに名前をつけてもらって、適性の高いところの仕事をすることになる。コハクさまと居る時間は減るけれど、同じ屋敷の中だからちょくちょく会うし、たまにこうして一緒に遊んでくれるから寂しくはない。  アンナ先輩はお掃除係だったはず。けど、ネズミ処理もそろそろ終わった頃だろうし、きっとみんな喜んで来てくれるだろう。  私は廊下に出ると、大きく息を吸う。そして、自慢の大きな声で、屋敷中に響かせる。  トランプするひと、このゆびとーまれ。
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