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暇つぶし

 私はほぼ常に暇である。  暇なのである。  退屈を具現化したような生き方をしているのである。  だからちょっとだけ、遊びのつもり、だったのである。  まさか成功するとは思っていなかった。魔法陣が描かれたぺらぺらの紙は薄ぼんやりと光っている。その上に立つのは、見るからに怪しい仮面の男。彼が、「王」なのだろうか。  言葉を失っていると、ふん、と鼻で笑われた。 「久々に呼ばれたと思ったらなんだ、ただの年端もいかない人間じゃあないか」 「これでも、じゅーなな、ですけど」 「私と比べればそんなの一瞬さ」  失礼するよ、と一言ことわって、ソファ――私の隣に腰をおろした。 「で、何だい。呼ばれる度に僕ぁ色々と面倒事を押し付けられるのだがね、君は何を望む」  にやりと笑った口に牙がちらりと見える。まるで、吸血鬼のような。 「暇つぶし、かな」 「……は、あ?」  あんぐりと開かれる。牙は上下ともに生えているようだった。 「暇を持て余してたものだから、おじいちゃんの形見で遊んでたら、あなたが出てきた」 「それ、本気で言っているのか!」  愉快そうに膝を叩いて笑う。顔を隠しているわりに、感情を微塵も隠そうとしないんだなあこの人。ヒトなのかどうかは分からないけど。  彼は足を組み直すと、頬杖をついて、今度は上品に口角を上げた。 「まあいいだろう、どうせ僕がこっちに居られるのは1時間きりだ」  そうだ、おじいちゃんの字で書かれていた。制限時間は、1時間だと。 「1時間過ぎたら、どうなるの」 「僕が元の場所に戻る、それだけさ。ああ、また呼びだそうなんて馬鹿なこと考えるなよ、僕にだって機嫌というものはあるんだ」 「機嫌がよかったら、来てくれるの?」  口が半開きで固まった。 「……その発想はなかったな。いかにも、機嫌がよかったら来てあげよう」 「やった。じゃ、1時間しか居られないんだもの、紅茶でも淹れるね」  いそいそと立ち上がると、後ろから硬いものでべちっと叩かれた。振り向けば、いつの間にか現れた長いステッキ。 「そういう時にこそ僕を使うものだろうが! 一応、使い魔として呼ばれてるんだぞ、こっちは」 「そうなの?」 「そうなの!」  まったくこれだから下流階級は、と唇をとがらせる。  そうして彼(そういえば名前を聞きそびれた)は勝手にキッチンを物色し始めた。ティーセットを軽く洗い、ティーバッグを不思議そうに見つめ、ぴりっと開けてそのままポットに入れた。使い方、教えたほうがよかったかな。  淹れ終える頃にはもう15分ほどが過ぎてしまっていて、残り時間は45分。 「おいしいけど、時間かけすぎじゃない?」 「君は茶葉に対する知識すらないのか」 「現代っ子ですから」  今、何年だ? という問いに西暦で答えると、「そうか、道理で彼でないわけだ」と呟くように息を吐いた。 「おじいちゃんのこと?」 「彼とはしばらく契約関係だったからな」 「えっ、まさか魂を奪ったり――」 「そんな低俗なことするものかね。……薔薇だよ」  おじいちゃんは、庭で薔薇を育てていた。てっきり趣味だと思っていたのだけれど、どうやらこの人への貢物だったらしい。  彼は普通の食事もするが、主なエネルギー源は生物の「気」だという。生気をそのまま吸い取るわけではなく、少し拝借する程度なのだそうだ。 「この世は奥が深いですなあ」 「この程度でそんなことを言っては、本当の世界が見えないぞ」 「あなたには、見えてるの?」 「見えているとも。それでもまだ、中途半端だがね」  そんなものなのか、と納得する。 「この世は、奥が深いですなあ」 「二度目だぞ、君」 「いいじゃない、少なくとも今の私はそう思うんだから」  ぐーっと伸びをしつつ時計を確認すると、もう残り時間は10分を過ぎていた。 「あ」 「もうこんな時間だったか。……君、本当に他に何も望まなくていいのかい」 「別になー。私、おじいちゃんみたく野心家でもないし」  あくびをすると、彼にも眠気が移ったようだった。  けどせっかくだし、なにか頼んでみようかしら、と何気なく薔薇の咲く窓を見て、思った。 「あ、じゃあ、雪がいいな」 「……雪? 降らせるのか」 「うん。たっくさんね、雪だるま作れるくらい」 「何度も聞くようだが、そんなことでいいのか」 「言ったでしょ、私は野心家じゃないの」  舌を出してそう言えば、「今晩でいいか」と了承してくれた。 「あ、でも私、おじいちゃんみたいに薔薇もってないけど」 「ああ、そのことなら問題ない。君がいるからな」 「うん?」  来たまえ、という言葉に素直に従うと、彼は私をついと抱き寄せ、そのまま顔を近づけた。 「……これで充分だ」 「くちびるじゃなくて、いいの」 「それは君のこれからに取っておきたまえ」  柔らかさを感じたのは、おでこだった。  ぽんぽんと頭を軽く叩かれて思わず目をつむる。再び視界を広げたときにはもう、彼はいなかった。  闇に飲まれつつある窓の外で、うっすらと積もり始めた雪に気づくのは、それから数分後のこと。
堕落王版ワンドロワンライ
制限時間/退屈/雪
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