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彼は努力を惜しまない

 パタン。思わず私は、冷凍庫を閉めた。……一体何がどうして。もう一度、そうっと、開いてみる。ああ、やっぱり見間違いじゃなかった。  そこには、小さな――手のひらサイズの恋人がいた。  そもそも私は、残り1本となったアイスキャンディーを求めて冷凍庫を開けたはずだった。それなのにどうして、キンキンに冷えた恋人を発見しなきゃならないの。しかも、こういうのは十中八九、HLの怪異なんかじゃなく、このひとの自発的行為によるものだ。 「何してるの、フェムト」 「見てわかるだろう、僕を冷やしていた」  わかるよ、わかるとも。そうだね、よく冷えてるよ。でも私が聞きたいのは、何でミニフェムトを冷やしてるのかってことなんだ。  というか、果たしてこの彼は、本体なのだろうか。……凍えたり、しないのだろうか。思わず手を差し伸べると、フェムトはぴょんと飛び乗った。あっ、つめたい。どうやら彼は素足のようで、もちもちした感触が気持ちよかった。そこで、ようやく気がつく。これ、人形みたいだ。継ぎ目こそないが、手も足もデフォルメされている。わあ、可愛い――と油断したその一瞬。ぽんっと弾ける音がしたかと思うと、目の前に本物のフェムトが現れた。 「わっ、びっくりした」 「いついかなるときも、遊び心を忘れちゃいけないからね!」 「別に今は必要なかったかな!」  ちょっと今のは心臓が飛び出てもおかしくなかった。フェムトはにっこり笑うと、そのまま腕を広げ、私の背に回した。ひんやりしていて、心地いい。ぎゅっと抱きしめ返すと、さながら大きな水枕のようだった。 「それで、どうして冷えてたの」  質問を繰り返すと、彼は少し言い淀んだ。しばらくして開いた口から出た言葉は。 「君、夏はくっつきたがらないだろう」  えっ、もしかして全部そのために。  言葉を失っていると、「だって寂しいじゃないか!」とフェムトは頬を膨らませた。全く、この人は。私は胸に渦巻くすべての感情を乗せて、言い放った。 「冷房つければいいじゃん」  ちょっぴり嬉しかった、なんて言うと調子に乗るから、絶対に言ってあげない。ひとまず今は、警告音を発している冷凍庫を閉めるのが、最優先。
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