クライベイビー
ぎゅうと抱きつけば、返される。
ほっぺたにちゅーすれば、返される。
じゃあ、私が「好き」と言ったら、あなたはどうする?
「実にくだらん質問だな」
直接聞いてみると、フェムトはそう吐き捨てた。あれ、私たち一応付き合ってませんでしたっけ。
「じゃあ君は、私が君のようなどこにでも転がっているようなごく普通の一般人のことを好くとでも?」
……あれ、どうだったっけ。自信がなくなってきたぞ。
初対面から「好きです」と伝えて続けて、粘り勝ちで付き合ってもらっているようなものではあるけれど、少なくとも話が通じるくらいには好かれていると、思っていたのだけれど。勝手な自惚れだったのかもしれない。
付き合う前に一度だけ感じたような、鈍くて強い痛みが心臓のあたりに泳いでいる。
「じゃあ、嫌い?」
「…………」
口が開きかかったけれど、何も音を発することなく、閉じた。
――それは、肯定?
涙が出そうになるのを必死で留めていると、フェムトは頭をがしがしと掻き、あー、うー、と言葉にならない音を発し始める。フォローの言葉を考えているのだろうか。……フォロー、される程度には気にかけてもらっているって、解釈しても、いいかな。
しばらくしてようやく、フェムトはこちらに向き直った。
「言葉が見つからないから、あえて言おう。私は、君が、どちらかというと嫌いだ」
「そっ、か」
ほら、やっぱり。
続く言葉が聞きたくなくて、せめてこらえきれなかった雫がこぼれる前にと、ドアの方へ体の向きを変えた。
駆け出そうと、した。なのに、一歩目で腕を掴まれて、それ以上動けなかった。目から熱が溢れて、カーペットに吸い込まれる。
「ほら、君の突発的に行動するところも、勝手に先走って泣くのも、嫌いだ。大嫌いだ! ……けれどね、何故か君を愛してしまっているんだよ、僕は」
背中が温かいものに包まれる。
「だから、君が何か誤解をしていることで苦しんでいるのだとしたらそれは、私が困る」
「……こまる?」
「あーもーだから、君の泣き顔に弱いんだよ僕は! さっさと泣き止みたまえこの泣き虫!」
突然のことで頭が回っていないけれど、もしかして私、フェムトに抱きしめられているのでは。
……フェムトが初めて、自分から、抱きしめてくれた。
「わたしは、すきだよ、フェムトのこと」
「僕は君が嫌いだ」
「あいしてる」
「……それは、僕もだ」
やっと欲しい言葉をもらえて、わたしは零れる涙を拭うのをやめた。