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あけましておめでとう

 残り、あと3分。みかんを口に放り込む作業を中断して、シャンパンとグラス一組をこたつに運んだ。 「……日本のみかんにシャンパンか、酔狂だな」 「あら、『度し難い』くらい言うと思ったけれど」 「肴として優秀なわけではないが拒絶するほど合わないものでもない」  また微妙な反応を。まあそんなのには慣れっこなので、構わずシャンパンを開け、グラスに注いだ。私のは、ちょっと少なめに。  あと1分。  みかんを放り込む作業を再開。かたつむり状態のフェムトがたまーに口をあけるので、無言でぽいと投げ入れる。ちょっと楽しい。  残り、30秒。  つけているテレビがカウントダウンを始めた。中継は日本の寺からで、大勢の人が鐘をついている。  私の故郷の日本では、除夜の鐘というものがある。懐かしいなあ、とつぶやくと、「じゃあ今から寺でも建てるか」って本気にするものだから、慌てて止めた。この人なら本当にできてしまうから、なおさら。  残り、3、2、1。 「ハッピーニューイヤー、今年もよろしく」 「あけましておめでとう。こちらこそよろしく」  互いの母語で言い合って、かちりとグラスを合わせる。薄い色のシャンパンは、飲んだことないはずなのに、懐かしい味がした。 「面白いだろうこれ、日本酒とシャンパンと異界のアルコールをかけあわせたものだ」 「えっ、それ私が飲んでも大丈夫なんですか」 「問題ないよ」  ふっ、と笑って、得意気に言う。 「アルコール分はあらかじめ、僕が抜いておいた」 「え」 「さあ、だから君も遠慮無く飲みたまえよ」  どうやら、アルコールに弱いので一緒に飲めないのが残念だと思っていたのを、見ぬかれていたらしい。  今はコタツムリと化している彼だけれど、その実態は、私のことを一番に考えてくれる素敵な人だ。  次いで、テレビはHLの様子を映し始めた。とても賑やかな様子に、ちょっと心が踊る。 「ねえフェムト」 「嫌だ」 「まだ何も言ってないじゃない!」  むう、と膨れても、返ってくるのは「そんな顔しても可愛くないぞ」というドライな言葉。なんだよう、私なんか、こたつを肩までかぶって綿入れ半纏をまとうフェムトすら、可愛く見えるというのに。なんだかとっても不満だ。 「ちょっとくらい夢見させてくれてもいーじゃないですかあ、堕落王フェムトさま」 「確かに僕は堕落王だが、今は堕落王じゃない」  拗ねた様子に、毒気を抜かれる。 「……なあに、『私の彼氏様』?」  怒られるの覚悟でからかうように言ってみれば、予想外に背けられる仮面。あら、案外照れ屋。そんなところも好きなんだけれど。  けれど、初詣デートがお預けなのに変わりはない。気を紛らわせるために、こたつの中でむにむにとフェムトの足を私の足でなでる。げしっと払われた。 「つれないなあ」 「君が妙なことをしてくるからだろう」 「なに、気になった?」  仕返し成功、とにやけていると、頭を掴まれる。  そのまま、軽く口を吸われた。 「……あまり、可愛いことをしてくるな」 「さっきまで、可愛くないって言ってたくせに」 「可愛くないわけがなかろう、自分を律するために口から出任せをするのに必死だ! いつだって可愛いからこちらは大変なんだぞ! 何百年ぶりの恋愛を何だと思っているんだ」  年寄りをなめるなよ、と今度はデコピンされる。  その熱弁に、私まで顔が火照ってきた。しかたがないので、私はこたつに顔をうずめることしかできなかった。
堕落王版ワンドロワンライ
度し難い/新年
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