ライスシャワー
男勝りでしっかり者な科学班第一班の班員。
婚約していたリーバーとの結婚が決まった。
「え。するつもりないけど」
アタシの言葉に、周りを囲んでいた科学班一同は驚いた表情のまま固まった。
「な」
「な、な……っ」
「なんで式挙げないんだよ!?」
「うっるせえジジ、耳元で叫ぶなよ。式はするよ、宴は開かねぇけどさ」
「それがおかしいっつってんだよ!! しろよ、一生に一度の大イベントだぞ!?」
「いや、なんでアタシよりあんたらのが積極的なんだよ。新婦はアタシだぞ」
呆れながらたしなめようとするが、同僚たちはさらにヒートアップする。知り合いの結婚式がああだった、ジェイクのときはどうだった、等々。……こりゃダメだ、アタシが何か言ったところで火に油だ。
ハァ、と溜息をつくと、後ろから肩をポンと叩かれた。
「あんまり口出してやんなよ」
「キャッシュ!」
キャッシュはアタシの前に出て、腰に手を当てる。……おお、かっこいい。
「コハクが班長と一緒に決めたことなんだ。無理強いするもんじゃないだろ」
「けど――」
「そういうわけだ。お前らもう仕事戻れよー」
キャッシュの後ろから顔を出して、シッシッ、と追い払うような仕草をすれば、班員たちは渋々仕事に戻っていった。
全員が散り散りになったところで、キャッシュはこちらに振り返った。
「助かったよ、キャッシュ」
「……いいや」
キャッシュは何か言いかけたが、そのまま自分の仕事に戻っていった。
その日の夜。相変わらずの残業をしながら、キャッシュは昼間の騒動を思い出していた。
――リーバー班長とコハクは、遠慮しすぎるんだよな。
あたしはまだあの二人と出会って間もないけれど、なんとなく想像がつく。おそらく、きっかけは兄貴であるタップが死んだあの一件だろう。それが、想像以上に二人を苦しめているのだ。
あの二人のことだから、きっと「こんな時に結婚式なんてしている場合じゃない」などと思っているのだろう。過剰に気を回しがちなところが、似た者同士というかなんというか。
――兄貴のためにも、どうにかしてやるか。
何より、自分が二人を祝いたい。
キャッシュは科学班第一班にシークレット・ミッションを発令するため、新たに紙を取り出した。
結婚式まで、あと三日。
私はキャッシュから渡されたシークレット・ミッションを頭の中でもう一度確認した。
『リナリー、頼めるか』
キャッシュにそう言われて、もちろん喜んで引き受けた。私だって、リーバー班長とコハクの結婚を祝いたい。
コーヒーを配りながら、コハクに目を向ける。そこまで切羽詰まった様子でもなく、周りには誰もいない。今がチャンスだ。
――よし。
コーヒーの乗ったトレーを持ち直して、コハクの席に近づいた。
「コハク、コーヒーいる?」
「お、ありがとぉ~リナリ~!」
コハクが笑顔でこちらを見上げる。機嫌は良さそう、かな。いつも通りコーヒーを渡して、近くの椅子に私も座った。
「ねえ、コハク」
「ん?」
「コハクはもうドレス決めたの?」
「決めたよ。なに、リナリーも興味ある?」
――よかった、話してくれそう。
私に課されたミッションは、二人の衣装の色を調べることだった。大人で同僚の皆が聞くよりも、同性で子どもの私のほうが話しやすいだろうから、とキャッシュに指名されたのだ。実際、コハクは疑っていないみたい。……それに、純粋に私も気になるしね。
「やっぱり白にするの?」
「いんや。白もいいけど、クリーム色のほうが似合いそうだよな、って……その、リーバーが……」
「ふふ、そっか」
赤くなったコハクに、思わず頬が緩む。コハクは私よりもずっと大人だけれど、幸せそうにリーバー班長の話をする彼女は、本当にとってもかわいいのだ。
「リーバー班長は何着るのかなぁ」
「ああ、リーバーのはコムイ室長が手配してくれるらしいよ。黒とグレーのフロックコートだってさ」
「兄さんが?」
「これから社交的な場に出る可能性もあるから、先行投資だってさ」
「……兄さん、よく言い訳考えたわね」
「リナリーもそう思う?」
コハクの苦笑に、私は頷いた。兄のことだから、素直に祝わせてくれないリーバー班長にどうにかしてお祝いを受けとらせようと考えたのだろう。渋々了承するリーバー班長が目に浮かぶ。
兄さんには後で甘いものでも持っていってあげよう。こっそり決心したところで、コハクが「そうだ」と思い出したように呟いた。
「リナリー、当日何か貸してくれないかな。あー、適当な紐とかでいいんだけど」
「え? ……まさか、サムシング・フォー!?」
「……うん」
何でもいいだなんて、そんなはずはない。よく驚かれるのだけれど、コハクはロマンチストなのだ。こういった類のものは絶対に外すわけがない。……なのに、変に遠慮してしまうのは、コハクの良くない癖だ。
「もちろんいいわよ! ただし、適当になんて選ばないから。そこは覚悟してよね」
「……ありがとう」
コハクは申し訳なさそうに眉を下げた。
その後、コハクが呼ばれて仕事に戻っていった。――シークレット・ミッション、完遂。それじゃあ、兄さんにはカップケーキでも持っていってあげようかな。
結婚式まで、あと二日。
……だっていうのに、あの子たちったらなーんにも頼みに来ないんだから!
呆れて勝手にメニューを考えていたら、アレンちゃんと科学班が何人か、注文口から顔を出した。
「アラ、珍しい組み合わせね?」
「ジェリーさん! 今大丈夫ですか?」
「ちょうど休憩するところなのよ。適当に座って待っててちょうだい、そっちに行くわね」
もう十五時を回っていて食堂は空いているから、どこでも広い場所を取り放題。近くのテーブルに座っていた皆の前に余った肉まんを持っていくと、アレンちゃんは目を輝かせてアタシを見た。
「い、頂いていいんですか!?」
「ええ、めしあがれ♡」
アタシの言葉を聞くや否や、アレンちゃんは肉まんにかぶりついた。アレンちゃんはいつもとっても喜んでくれるから、作りがいあるわぁ。どっかの誰かさんたちと違って。
それで、と話を促すと、アレンちゃんの代わりに科学班の皆が口を開いた。
「実は、明後日についてなんですけど」
「ああ! あの子たち、やっとアタシに依頼する気になってくれたの?」
「……それがリーバー班長たち、乗り気じゃないんです」
「ハァ!? 何よそれ!?」
思わず声を上げると、科学班たちがびくっと肩を上げた。
食べ終えたアレンちゃんが言うには、あの子たちは結婚式を二人だけで済まそうとしているみたい。当然、そんなの許すわけないじゃない。でもそれはみんな同じ気持ちみたいで、科学班を中心に色々と画策しているらしい。
「いいわ。その作戦、アタシも混ぜてちょうだい!」
「そう言ってくれると思ってました!」
「で? アタシは何をすればいいのかしら」
がぜん燃えてきたわね。
何が何でもあの子たちを喜ばせてやるんだから。シークレット・ミッション、始動よ!
結婚式まで、あと一日。……全てがバレた。
「何をコソコソやってんのかと思ったら……」
「ゴメンなさい」
「あんたも一枚噛んでたとはな、室長……!」
でもぉ、と続けようとすると、「問答無用!」とリーバーくんにしばかれた。もうちょっと、本当にもうちょっとで成功するはずだったんだけど。リナリーとの会話で、うっかりリーバーくんにバレてしまった。そして今、机越しにお説教をくらっている。
「散々言ったじゃないですか、お祝いは気持ちだけでいいですから」
リーバーくんは大きな溜息をついて、机に手をついた。
「あのねえリーバーくん。これは君たちのためじゃなくて僕たちが祝いたいからやってるんだよ? それを君は邪魔しよってのかい?」
「この期に及んで開き直るか! 迷惑被るのは俺たちなんスよ!!」
――迷惑、ね。
未だに頑固なリーバーくんは、どうしてもそこを認めなくないらしい。
「ねえ、リーバーくん。君はそれでいいのかい?」
「は?」
「そもそもリーバーくんは、なぜ結婚式を祝ってほしくないのかな」
「……そりゃ、こんな時に結婚式なんて――」
「そう、それだよ」
僕が微笑むと、リーバーくんは困惑したように口を閉じた。
「君は『こんな時に』って言うけど、じゃあどうして君たちは結婚を決めたんだい?」
「……それは」
「あのね、リーバーくん。僕たちは、ただ君たちに幸せになって欲しいんだよ」
リーバーくんの瞳に揺らぎが見えた。彼はやっぱり、誰よりも理性的で、誰よりも感情に素直な人間だ。そしてきっと、それは彼女も同じなのだろう。
「君が幸せを放棄する必要はないんだよ。だって、僕たちは幸せを武器にして生きていくんだから。……どんなに悲しいことがあったって、幸せな時間が減るべきではないんだ」
――僕たちがそうで在ろうとするように。
だから、ね。そう言うと、リーバーくんは「考えさせてください」と部屋を出ていった。
ふう、と息をつく。ああ、考えたらリナリーに会いたくなってきた。ちょっと抜けて会いに――いや、頑張って早く仕事を終わらせてしまおう。彼らと僕らの、大切で幸せな時間に、少しも邪魔が入らないように。