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ひとときのくつろぎを

結婚して一年も経っていない新婚。
普段は総合管理班で雑務を広くこなす。
 黒の教団に居ると、結婚というものにメリットはあまりない。生活費がかからないから金銭面は問題ないし、家事もする必要がない。そして最大のメリットであるはずの共同生活は、主に彼が多忙であまり時間が取れない。部屋に帰ってもリーバーさんが居ないことの方が多いのだ。  なんだか、それはつまらなくないだろうか。  そう思い至ったのは丁度仕事終わりで、今日はもうごはんを食べて寝るだけだ。時間ならある。思いついたら即実行、ということで私はさっそく科学班へと向かった。  ……なのに、まさか彼が睡眠を削って趣味に没頭してるなんて思わないじゃないですか。  射撃場に居ると聞いて来てみれば、リーバーさんが一人で的に向かっていた。声をかけようと思っていたのに、できなかった。彼の視線はまっすぐ前を向いていて、身体は全くブレない。引き金を引くと、弾は的の中央付近に吸い込まれていった。……かっこいい。思わず見惚れてしまって、結局、彼が耳当てを外すまでずっと呆けていた。  こちらに気づいたリーバーさんは、少し驚いてから、へにゃっと笑った。聞けば彼も夕食はまだのようだったから、一緒に食堂へ向かうことにした。 「お疲れさま。もしかして思ったより元気?」 「科学班に居て元気で居られると思うか?」 「えっ、まさか疲れてるのに射撃してたの?」 「疲れてるからだよ、そうでもしなきゃやってらんないって」 「うーん……そうなのかぁ」  ワーカホリック。いつか婦長に言われた言葉が頭をよぎった。  リーバーさんは睡眠を疎かにしがちだ。なんとか寝かせたいけれど、私から見ても、彼は何かに夢中になっているときの方が楽しそうで、無理に睡眠を促すのもあまり良くない気がする。どうにか、リーバーさんが寝るのを楽しみにできたらいいんだけど。  夕飯を口に運びながら向かいに座ったリーバーさんを見ていると、リーバーさんもこちらに気づいて、「どうした?」となんだか嬉しそうに笑った。  ――そうか、それだ。あるじゃないか、リーバーさんが仕事でも趣味でもなく、夢中になった例外が。  なんでもないよ、と笑い返したけれど、その後もニコニコしていた私をリーバーさんは不思議そうに見ていた。  さあ、作戦実行だ。仕事に戻ろうとするリーバーさんを引きずって、私たちの部屋に戻った。落ち着かなそうなリーバーさんから上着を預かって、ベッドに座らせる。そして、私も隣に座った。 「というわけで、おやすみボーナスを導入します」 「……は?」  リーバーさんが好きなもので、仕事も趣味も関係ないもの。そんなの、私には私自身以外に思いつかなかった。だから、私を餌にリーバーさんに寝てもらうのだ。これなら私も寂しくないし、まさに一石二鳥というわけだ。 「リーバーさん、あんまり寝ようとしないでしょ。だからね、考えてみたの。決まった時間までにリーバーさんが部屋に戻ってきてくれたら、かわいい奥さんが一緒に添い寝をしてくれるボーナスを導入します! どう?」  ぱっと両腕を広げると、リーバーさんの左手がぴくっと動いた。おお、これは効果が期待できそう。 「あー……俺、風呂まだなんだけど」 「そんなの明日の朝でも大丈夫だよ。ほら、疲れてるんでしょ?」  それでもためらうリーバーさんに、私からえいっと抱きつくと、リーバーさんは簡単に後ろに倒れた。 「ね、リーバーさん。お仕事と添い寝、どっちが魅力的?」 「あー……振りほどけない。これは不可抗力」 「うんうん、そういうことにしておきましょう」  雑に足で毛布をたぐり寄せて、肩まで引っ張ってリーバーさんにも掛ける。リーバーさんは既にまぶたが重くなっていて、頭を撫でると、ゆっくりと枕に沈んでいった。 「おやすみ、リーバーさん」  頬にキスして、私も彼の側で目を閉じた。
 目を覚ますと、もうリーバーさんは居なかった。ちょっぴり残念に思っていると、机の上にメモが置いてあることに気づいた。
Thanks for yesterday.
I’ll back by 9.

Love,
Reever

 ――やった!  思わず小さくガッツポーズをした。もちろん不慮の事態はあるだろうけど、今日も戻ってきてくれるつもりではあるらしい。とりあえず、今はそれで十分だ。  この調子で毎日会えたら嬉しいんだけどな、なんて夢見ながら、私は朝の支度を始めた。  その後、能率が良くなったリーバーさんが八時に戻ってきたり、ゆくゆくは職場環境の改善に繋がることになるのだけれど――それはまだ、未来の話。
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