陥落
冬は日が短い。16時にもなると、もう夕方だ。
繋がれた手は結局、一日中離されることはなかった。最初は恥ずかしく感じていたそれも、今では惜しい。
「寒くなってきましたね」
「ああ、風が冷たいな」
教団から迎えが来るまで、あと10分。水辺は特に寒い。思わずリーバーさんの方へ寄ると、手が離された。えっ、と思う間もなく、優しく肩を抱かれる。
「今日、楽しかったか」
「……はい」
頬が、熱い。距離が近くて、リーバーさんの声が、直接耳に響くようだ。思わず目線を下げる。
「なあ、コハク。言うかどうか、迷ったんだが」
リーバーさんは言葉を切ると、手に力を込める。
「俺はやっぱり、お前を諦めきれない」
言葉が、重い。
誠実な彼の、誠実な思いを、今日だけでたっぷり感じ取った。それはもう、無視できないほどに。だから、私も、誠実に返さねばならない。
「リーバーさん。私、ひとつだけでいいんです」
胸をぎゅっと抑え、声を絞り出す。
「私は、リーバーさんに恋することができた。それは、覆しようのない、ひとつだけの宝物なんです」
手放したくない、そんな風に思うのは初めてだった。
だって、いつも私は「いい子ちゃん」で。どんなことでも我慢できてしまって、その結果いつだって手には何も残らなかった。そんな私が、初めて、切望してしまったもの。たったひとつだけ、欲しいと願ったもの。
「これ以上、私は欲張れません」
リーバーさんは、そんな私に、諭すようにささやく。まるで、全て見通しているかのように。
「俺は、お前に、もっと欲張ってほしい」
「……でも」
そんな、罰が当たる。そう思ってしまう。なのにリーバーさんは、私の瞳を捉えて。
「例えばさ。俺との未来、欲しくないか」
「えっ」
「俺は欲しい。お前ともっとデートがしたい。お前の誕生日を祝いたい。お前の、ウェディングドレス姿が見たい。……お前は、どうだ」
そう、問いかけられて。そんな、そんなこと、返事なんて決まっている。でも、でも、私、そんなに幸せで、いいんだろうか。
「……でも」
「でも、ってことは、欲しいって気持ちはあるんだな」
返事を待たずに、私の視界は暗くなった。ぎゅうっ、と、痛いくらいに抱きしめられる。
「お前が欲しがらないなら、俺が与えてやる。欲しくなくたって、余るほど与えてやる。……だから、俺に、お前に与える権利をくれ」
懇願するように、声は掠れていて。
私は、せいいっぱい、はい、としか答えられなかった。