海底
科学班はいつだって多忙だ。日付が変わりそうだっていうのに、そんなことはお構いなしに黒の教団という名の世界は回り続ける。体力のない私は、正直ちょっぴり後悔している。だって、派遣された当初は、まさかこんな状況だなんて思ってもみなかったんだもの。はあ、とため息をついたところで、仕事量が変わるわけでもなく。仕方なく、私は今日も仕事をこなす、その予定だった。
「コハク、ちょっといいか」
リーバー班長から、そんな声掛けがされるまでは。
「倒産!?」
「社長が借金を隠していたらしい」
司令室に呼ばれたと思ったら、なんとそれは、私の所属する人材派遣会社が倒産したとの知らせだった。もともと一年の契約だったから、契約更新がされないことは覚悟していた、けれど。まさか、半年で突然危機が訪れるなんて。
「そういうわけで、コハクちゃん。突然だけど、あと1ヶ月で、君は解雇されることになった」
「……そんな」
「君は優秀だし、こっちとしても惜しい。なんとかして残れないか掛け合ってるところだけど……正直、確約はできない」
覚悟はしていてほしい。コムイ室長にそう真剣な顔で言われてしまったら、こちらも頷くしかない。
ちらりとリーバー班長を見上げると、班長も班長でショックを受けているらしかった。こわばっている顔が、ちょっぴり嬉しい。だって、少なくとも、私のことを惜しんでくれているような気がして。
「大丈夫ですよ、班長」
「……けど」
「ほら、私ってば班長のお墨付きですし。転職も、きっとなんとかなります」
ね、と空元気でにっこり首を傾げたけれど、リーバー班長は納得しきれていないようだった。
久々のベッドが、こんな気持ちだなんて。うつぶせに沈み込むと、シーツはいつものように柔らかく迎えてくれた。
まだ、半年あるって、思ってたのに。
まだ、持っていられるって、思ってたのに。
いつも他人に譲ってしまう私が、唯一欲張ったもの。それが、恋心だった。恋心なら、誰にも譲らなくていい。持つだけなら、誰の迷惑にもならない。だから、安心して自分の奥底に仕舞い込んでいたのに。
「……リーバー班長」
名前を呼ぶだけで、胸がきゅうっと苦しくなる。この気持ちにも、あと1ヶ月でお別れ。……結局、半年しか持てなかったな。やっぱり私は、何かを持つことを許されない運命にあるのかもしれない、なんて。体重とともに、気持ちもシーツに沈み込んでゆくような気がした。