慶雲
つんつん。
頬にかわいらしい刺激を受けて、目が覚めた。外はまだ薄暗くて、シエル――私の私用ゴーレムが時間通りに起こしてくれたことを知る。
「おはよ、シエル」
ぱたぱたと空を飛ぶ様子は、心なしか誇らしげに見える。
「シエルとも、あと1ヶ月かあ」
寂しいなあ。友人の少ない私は、もっぱらシエルに悩み相談をしていた。といっても、反応は全くないけれど。けど、話すだけでも、気持ちが楽になったものだ。日常の小さなことから、私の恋心まで、シエルは何でも知っている。……シエルだけ、持って帰れないかしら。やっぱりだめかな。
そんなことを考えていたら、もう10分も経っていた。いけない、支度しなきゃ。待ち合わせ時間はまだまだ先だけれど、それでも、ちょっとでも余裕を持って支度したいのだ。だって、リーバー班長とのお出かけ、だもの。最後になるかもしれない、リーバー班長との思い出。
教団を出れば全て消される、思い出。
私だって無知じゃない。それくらいは想像できたし、実際にそうだと聞いて、むしろ安心もした。けれど、期限1ヶ月の恋心は、ここ数日で重くなる一方で。やっぱり消えてしまうのは寂しい。そして、寂しいとも感じない自分になってしまうのが怖い。
時計を見れば、7時13分。やっぱり、早起きしてよかった。ぐるぐると考えてしまう私には、十分な時間が必要だ。
待ち合わせ場所には、既にリーバー班長が居た。いつもとは違う、茶色のベストに赤のネクタイ。ゆったりとしたロングコート。とても、とてもかっこいい。口から出かかったその言葉を飲み干して、別の言葉を紡ぐ。
「早くないですか」
「そう言うコハクもな」
そう、時刻は9時40分。待ち合わせの20分も前である。二人揃って早すぎだ。顔を見合わせて、同時に吹き出す。
「行くか」
「はい!」
そうして私たちは、地下水路へと向かって、船に乗った。
「今日は、リーバー班長が案内してくれるんですよね?」
「もちろん、考えてはきたが……お前の行きたいところじゃなくていいのか?」
「いーんです、班長にぜーんぶお任せしちゃいます」
「はは、責任重大だな」
と言いながらも、リーバー班長は楽しそうだ。
「ところでその、『班長』っての、やめないか」
「じゃあ、リーバーさん?」
「……まあ、それでいいか」
きっと、楽しい一日になる。そんな予感がした。