幻想
結論から言えば、回っていなかった。昨日の分の仕事は山積みで、それはどうやら私にしかできない仕事らしかった。
「……すまん」
「班長が謝ることじゃないですって」
「けど」
「仕方ないので、引き継ぎ資料も作りますね」
私が抜けても、どうにかなるように。必要とされていた、って証拠が残るようで、気恥ずかしいような気もするけれど。
「あーあ、有給、あと9日もあるんですね」
「取りたくないのか?」
「だって、取ってもすることないですもん」
無趣味な自分が恥ずかしい。けれどそれは事実だし、仕事が趣味のようなものだから、特にしたいこともないのだ。
「なんなら班長、どこか連れて行ってくれません?」
なーんて軽く言ってみる。班長、忙しいし無理だろうけど。
「じゃあ明後日、開けとけ」
「えっ」
「なんだよ、お前から言ったんだろ」
だって、まさかほんとにそうなるなんて。予想外の返答に、赤くなりそうな頬を気合いで抑えて、できるだけ平然と「はあい」と答えた。
それからのリーバー班長はまるで鬼のようだった。何が何でも明後日休みを取る、という気概が感じられる。いやそこまでしなくたって。そう思ったけれど、リーバー班長は楽しみにしてくれているみたいで、勝手に頬が緩んでしまう。私も、とっても楽しみにしてるんですよ。なんて、言わないけど。言ってしまったら、きっと恋心があふれてしまうだろうから。
そして、あっという間に前日。隈のある目でリーバー班長に会うわけにはいかないから、早めに仕事を切り上げて、私は風呂場に向かった。……切り上げて、というか、皆が協力してくれたおかげで、必要最小限の仕事で済んだ、と言うべきか。科学班の皆には感謝してもし尽くせない。
湯船に浸かって、ぼうっとしていると、科学班でのあれこれが思い出される。派遣された日のこと、忙しい日々、コムリン騒動、深夜テンションで開発した薬の数々。思い出せば思い出すほど、私って恵まれていたんだなあと思い知らされる。
やっぱり、贅沢すぎたのかもしれないな。
不相応な幸せには、期限が来る。そういうことなのかもしれない。