僕の妻は奥ゆかしい
ちゅっ、と音を立てて頬を食めば、彼女は小さく震えて、たっぷり濡れた瞳で僕を見上げる。まったく、僕の妻は奥ゆかしくてかわいらしい。
「ま、って、フェムトさん」
「なんだい、僕の愛しい人」
おでこをくっつけて覗き込むと、彼女の眼鏡と僕の仮面がぶつかる。彼女は目をそらしながらも、離れるそぶりは見せなかった。柔らかく手を添えているだけだから、いつでも逃げられるというのに。そんなところからも彼女の信頼が見えるようで、少しこそばゆい。
「フェムトさんが触れてくれるの、すごく嬉しいの。だからね、私にもお返しさせて」
「なぁんだ、そんなこと。十分、貰ってるんだけどなあ」
「……でも」
「それに、 "ここ" にだけはいつも君からしてくれるだろう」
そう言って僕が唇を指差すと、彼女はまた恥ずかしそうに視線を落とした。
彼女は僕に夢中になると、とろけた目で、夢見心地のようにふんわりと、僕の唇に体温をくれる。きっと無意識であろうそれが、怖がりの僕を許してくれている証のようで、安堵してしまう。そう、僕が。僕ともあろう者が安心感を持ってしまうどころか、それを心地よく思ってしまうのだ。だから。
「僕は、君からのキスが一番好きなんだ」
彼女は僕の特別だ。それを自覚してもらえないなんて、面白くない。
「まあでも僕からしたら、君はもうちょっとワガママになってもいいんじゃないかな」
「えっ、これ以上?」
「なんだ、君は自分の無欲さに鈍感だな」
願い事のひとつでも言ったらどうだい、と問うてみれば、彼女は少し考えてから、小さな声を出した。
「僕の愛しい人、って言ってくれるの、その……すごく、嬉しい」
「……君は本当に、奥ゆかしいというか」
「駄目だった?」
「そんなわけないだろう! 僕のかわいい、最愛の人」
ゆっくり頭を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目蓋を閉じた。