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あとがき

 日常を切り取って物語にすることが好きです。ハラハラすることはあまりないけれど、彼の魅力にどきりとして、読後にほんのり幸せを感じるような、そんな物語が。  だから、この物語が頭の中に降ってきたとき、わたしは絶対に書けないだろうなあと思ってました。油断していたのです。  どうしましょう、書けてしまいました。  改めて、読んでいただきありがとうございました。構想から書き上げるまでに4年ほどかかってしまいましたが、そんな甲斐もあったというものです。  さて、こんなところまで読んでくださっている方に向けて、ひとつ、お願いがあります。  いろいろと散りばめましたが、【どうかすべてお好きに解釈してください】。  いつものわたしだったら、最後にもうひとつ、終わりの話(いわゆる「起承転結」の「結」)を書き加えていることだと思います。けれど、この物語はあれでおしまいです。  だから、この物語は「あなたの理想のハッピーエンドで終幕した」と思っていてほしいのです。  それをこの物語の結末とさせてください。  以上、あとがきでした。  もしよかったらメールフォーム等で、あなたの迎えたハッピーエンドをわたしにもお裾分けしていただけたら嬉しいです。  ……なので、これは完全に蛇足です。
8. 輪を描いて  携帯端末を見ていた彼女が、あっ、と声を上げる。彼女が見せてくれた予約サイトには、懐かしいメニューが載っていた。 「お待ちどー、エビのチリソースです」  記憶の店とは打って変わって、カジュアルな雰囲気の小さな店。若い店主と他数名だけで切り盛りしている様子だった。けれど、エビチリだけは記憶の中と寸分違わずそこに存在していた。  彼女は顔を上げると、目の前で調理を続ける店主に声をかけた。 「ねえ店主さん、この白いのは?」 「ああ、カルラロックの卵白を揚げたやつだよ」  そういえば、そんなようなものだった気がする。なにせあの店に初めて行ったときは、彼女とはまだ日が浅く、味なんてほとんど気にする余裕がなかったのだ。  そんなことは知らない彼女は、「懐かしいなぁ」とつぶやいた。すると、店主が鍋を操りながら、ひょっこりと頭をこちらに向けた。 「なあお客さん、もしかしてこれ食ったことあんの?」 「え?」 「これ、すげーシェフだった爺ちゃんが作っててさ。ずっと誰にもレシピを渡さなかったんだけど、死ぬ前に俺にだけこっそり教えてくれたんだ」  店主はそう言うと、誇らしげに笑みを浮かべた。 「お客さんも気に入ってくれてんなら、嬉しいよ」
「もうそんなに経つんだねえ」  帰り道。歩いて帰ろうという彼女の「わがまま」を聞いて、僕たちは手を繋いで並んでいた。彼女はどこか嬉しそうで、握った手がいつもより温かい。 「あのシェフのお孫さんってことでしょ、ええっと……何年経ってるの?」 「まださほど経ってないよ」 「もう、あなたの『さほど』は十数年でしょ」  正確には数十年だし、彼はきっと曾孫だろうが、この際どうだっていい。彼女が幸せそうにしている、それが僕にとっての全てだ。 「ねえ、フェムトさん」 「なんだい」 「私が死んだら、あなたはどうしたい?」  唐突に、何とはなしに。自然な話の流れで、彼女はそれを口にした。少しだけ考えるふりをする。けれどもう僕の中には、不思議な確信があった。 「それは今の僕が知ったことじゃない。……だが、きっとまた同じことを繰り返すだろうね」 「ふふ、そっか」  あんなに辛くて苦しくて、なのにどうしてもやめられなかった。彼女を失うなんて今更できやしない。考えただけでも、底なしの恐怖に支配されてしまう。それに比べれば、随分と生きやすい地獄じゃないか。  それは彼女にとってはまさしく地獄のはずであろう。だというのに、彼女はぴったりと体を僕にくっつけて、幸せそうに甘えてきていた。 「ねえ、わがまま、言ってもいいかな」 「それは今度こそ本当にわがままなんだろうな?」 「うん、期待してくれていいよ。とびっきり自己中心的で、身勝手なお願いだからね」  どうせまた、かわいらしいお願いなのだろう。期待せずに構えていると、彼女は一呼吸置いて、口を開いた。 「次の私は、きっと私じゃない。私のことなんて、覚えてもいないかもしれない。――それでもまた、あなたに愛してほしいなって。何度でも、何百年でも」  ……君という奴は、本当に。  どうしてこうも僕を救うのが上手いのか。  そんなことを言われてしまったら、欠片ほどは残っていたはずの罪悪感など、跡形もなく消えてしまうじゃないか。君のために生まれた、君のためだけの罪悪感が。 「……当然だよ。僕を誰だと思ってるんだい」 「私の大好きなフェムトさん、かな」 「そう、君のことが大好きで仕方がない、君の夫だよ」  ああ、しまった。こんな往来の前じゃ、彼女を十分に味わえないじゃないか。  僕は思い切って、そこに空間をこじ開けた。どこからかわずかに悲鳴が聞こえたけれど、一歩踏み出せば、すぐに静寂が訪れる。そこはもう見慣れたリビングルームだった。  さあ、存分に続きを楽しもうじゃないか。新婚生活を楽しむ時間ならたっぷりあるのだから。そうだろう? 僕のかわいい、最愛の人。
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