アレキサンドライト
そういえば。
私はどうしてこんなにも、感情に支配されることを避けようとするのだろうか。それも、この「恋心(仮)」に対してだけ。
前ほど痛みを感じなくなった胸に問いかけても、返ってくるのは穏やかな鼓動ばかり。心臓が落ち着いていても好きな気持ちが消えないなんて、なんだか不思議だ。それとも、世のカップルたちは皆、こんなふうにお互いが当たり前の存在になっていくのだろうか。
「倦怠期ってやつ~?」
「早すぎないかなあ」
今日は珍しくハーブティー。原材料不明の澄んだ青色は、覗き込むと私の瞳を反射した。とても、落ち着いて見える。
「それに、好きって気持ちに変わりはないのよ」
「へんなの~」
「私もそう思う」
ティーカップに蜂蜜を垂らすと、見る間に青色は鮮やかなピンク色に変化した。
「おかえり」
「た、只今戻りました」
あれから日課になっている、おかえりのハグ。実はまだ全然慣れていなくて、勝手に顔が火照ってしまう。恐る恐る腕を背中に回すと、フェムトさんは更に強く、ぎゅっと抱きしめてくれた。
未だに、この人が私を好いてくれているという事実に混乱する。だってそもそも、私の恋心(仮)では、好かれることが条件とされていないのだ。
流れるような仕草で荷物を奪ったフェムトさんは、もう片方の手を私の右手と繋いだ。
「フェムトさんって、意外と恋愛に盲目になるタイプですよね」
「そうかい?」
「そう見えます」
「……君は、表情を読み取るのが得意だな」
「きっとフェムトさん限定ですよ」
そんな応酬を繰り返している間にも、私の体温は溜まってゆくばかり。触れる、というのは、こんなにもエネルギーを使うものだったのか。初めて知った。
――そしてやはり、私が彼という成分に浸される度に、脳が警鐘を鳴らすのだ。