さしも知らじな
つきん、つきん、と、心臓の奥が痛み始める。ああ、まただ。胸に手を添えて、ぎゅっと押し込める。この心臓が訴えたいことを、私は知っている。知っていて、見ていないふりをする。見なかったことにする。脈が、早い。
「んふふ~、いつまで持つかしらね~?」
「いつまで持つかじゃない、どうにかして持たせるのよ」
拳を握りしめて力説すれば、「やだ~コハクったら男前~」と、褒められているのかいないのか微妙な反応を頂いた。
本当は、とうの昔に気づいている。いくら鈍い私でも、こんなにとろけそうな感情に侵されてしまったら、気づけないわけがない、けれど。それでもこの感情をカテゴライズしないのは、主に保身のためである。私が、その感情に支配されないための、保身。
ともかく、これは自覚してはいけない感情なのだ。
「まあ~コハクがそこまで言うならいいけど~」
ため息を隠さないアリギュラちゃんはやっぱり何か言いたげで、それでも言葉にはしないでいてくれた。
私は、フェムト邸の小間使いのようなことをしている。食事洗濯のような家事から、簡単な魔獣の世話、ヘルサレムズ・ロットでの買い出し、さらには研究用の細胞提供まで。多岐に渡る仕事内容だが、ぶっちゃけほとんど式神で代用できるもので、どうして私に一任されているのかは見当もつかない。
「只今戻りまし、うえっ」
「やあ、おかえり」
私がアリギュラちゃんとのアフタヌーンティー兼買い出しから帰ると、そこには大量の魔獣、そして中央にフェムトさん。くあっと開いた口がかわいらしくて思わず撫でたくなるけど、そこから覗くのは小さな牙。この子たちはよく噛むので、遊んでいるつもりでも血まみれになりかねない。
「また一段と増やしましたねえ」
「可愛かろう」
「とっても。何に使うんです?」
「聞いてくれるかい!」
視認はできないが、目をきらきらと輝かせていることはわかる。その様子に思わず頬が緩む。はい、と頷くと、彼は子供のように話し始めた。
彼との、この時間が、私は一番好きだ。