かくとだに
目覚めはいつになくすっきりとしていた。昨日はあのまま、一晩ぐっすり眠ってしまったようだった。……恋人と二人きりなのに、という事情は、今は置いておこう。なんにせよ、今重要なのは、記憶の方だ。
結論から言えば、私の記憶は綺麗に保存されていた。忘れていたのが、そして今まで気にならなかったのが、嘘のように。
あの夜、ライブラの面々と別れた私の目の前に現れた、堕落王フェムト。琥珀色の髪に街のネオンを反射させ、口元は愉快そうに吊り上がっていた。そして私は――そんな彼を見て、胸が高鳴った。いつも液晶越しに憧れていた彼が目の前に現れたことに、罪悪感を覚えながらも高揚していたのだ。そして、彼の手が私に伸びる。
だめだ、抵抗しなきゃ、いけないのに。
触れられる前に、拒絶しなければいけないのに。
私は固まったまま、その腕の中で気絶してしまった。
思い出してしまえば、それはパズルのピースのように綺麗に嵌っていった。
そうか、だから私は彼に近づく度に、身構えなきゃと感じていたのか。あのとき、彼の手を拒めなかったから。きっとそれは罪悪感の記憶として残っていて、それで私の脳はずっと、彼のことを危険だと警告していたのだ。
なんだ。悩むことなんて、なかったんだ。
なんだか笑えてしまって、口元がゆるむ。すると、私を包むものの感覚が強くなった。
「起きてたんですか」
「……眠れなかったんだよ。君が、いなくなるかと思って」
「そんなこと」
「僕にとっては、それほど大事なことだ」
その声は、昨晩よりも落ち着いているようだった。
嬉しいです。そう言って抱きしめ返せば、フェムトさんは更に力を強めた。
「君は、いいのか」
「結果オーライじゃないですか」
「思い出したんだろう、全部」
「それでもやっぱり、好きなんですよ」
本当に、いいのか。
そう聞いてくるフェムトさんに、私はようやく気づいた。彼もまた、自分の中の罪悪感と戦ってきたのだろう、と。そして、それを許してあげられるのは、彼自身と、私しかいない。――でも。
「まあ、問題は山積みですけど。きっとなんとかなりますって」
「……どうにもならなくなったら、僕がどうにかしよう」
「ふふっ、心強いです」
今の私が許しても、きっと彼が自身を許せない。それなら、私ができるのは、幸せになることしかない。彼が、これでよかったんだって、信じてくれるまで。
彼の背中を優しく叩いていると、かすかに寝息が聞こえてきた。どうかせめて、夢の中では安らかでありますように。