麻三斤
「魔道って、何なんでしょうね」
思わず、そんな言葉が口から漏れた。
フェムト邸に住むようになって、早一週間。私は意外にも順応性が高かったようで、すっかりこの研究室兼自室に慣れきってしまっていた。……それだけ研究に没頭していた、とも言う。
「フィヨト、君はどう思う」
ティーポットを持ったフェムトさんが、横から現れる。紅茶を入れるのはすっかりフェムトさんの役目になっていて、申し訳なくも思うけれど、こんなに美味しく淹れられる自信もないので、結局甘える形になってしまっている。
「魔道って、手品みたいなものから、魔法みたいなものまで、色々あるじゃないですか。だから、なんというか、定義に困るなあって」
「じゃあ、今、考えてみればいい」
ふむ。魔道、とは。
私が得意とするのは、周りの力を借りる系統だ。例えば、熱を集めて火をつけたり、空気の酸素と水素から水を取り出したり。でも、フェムトさんはちょっと違うらしい。火をつけるにも、わざわざ熱を集めるのではなく、指を擦り合わせた熱を増幅させて火をつけていた。同時作業が苦手な私には、少し難しい。
「基本的には、どこにでもあるものを、ちょっぴり特別な力で変形させてる、って感じ、ですかね」
「どこにでもあるけれど、ちょっぴり特別、か」
「例えるなら――そう、3つのキャンディです!」
「……はぁ?」
あれ、違ったかな。どこにでもあるけれど、でも、ちょっぴり特別なもの。ひとつじゃスペシャル感が足りない。3つがぴったりだと思ったんだけど。
「だめ、でしたか」
「いいや、全く! 君というやつは、本当に!」
どうやら気分は害していないようだ。安心して、紅茶に口をつけると、アールグレイがふわりと香った。
「魔道をキャンディに例えたのは、フィヨトが初めてだよ」
「そ、そうですか?」
「ああ、君に目をつけて正解だったな。こんなに愉快な子だとは思わなかった!」
そうしてフェムトさんは、ティーカップを置くと、私に手を差し出した。
「フィヨト。君、僕の弟子になりたまえ」
「はへ」
「教える気は更々ないんだけどね。君なら勝手に学び取るだろう。だから弟子」
「でし」
「そう、弟子。悪い話じゃないだろう?」
憧れの人から、手を差し出されている。そんな状況で、手を取らない人がいるだろうか。ぎゅっと手を握り返すと、「はい!」と元気よく返事をした。
フェムトさんの手は、私よりもずうっと大きかった。手袋越しに、少しつめたい体温を感じる。……改めて、フェムトさんの手を握っているという事実に、なんだか恥ずかしくなってきた。途端に、顔に熱が集まる。フェムトさんも、私の手を、握っている。にぎって、いる。
「はわ」
「フィヨト、いい加減慣れたまえよ」
「しゅ、みましぇ、ん」
無理そうです。そう言う私に、フェムトさんは困ったように笑った。