露柱
魔道の本質。魔道の根源。それって、一体何なのだろう。アリギュラちゃんは、私が知っていると、そう言っていたけれど。
「だから、僕に聞いてみたと」
「師匠ですから」
「教える気はないって言ったはずだけどね。まあいいだろう、考えてみようじゃないか」
フェムトさんが空になったティーカップに再び紅茶を注ぐと、ダージリンの香りが鼻をくすぐる。
「魔道の簡単な原理くらいは君でも理解しているだろう」
「ええと、周りからちょっぴり借りて、どうにかしてるんですよね」
「そう、簡単に言えばね。それは正解だ」
フェムトさんは、どこからともなくキャンディを3つ取り出すと、机の真ん中に置いた。
「材料はどこにでもある、ありふれたもの。まあもちろん特別なものでも構わないけれど、魔道なんかに使うよりは煎じて飲んだほうが使い道として幾ばくかマシだろう」
次いで、シュガーポットとコスモスノイド茸を引き寄せ、キャンディの隣に置いた。そういえば、コスモスノイド茸からも砂糖は取れるんだっけ。
「僕らから見れば、安易な足し算だ」
だろう? と言いたげに、フェムトさんは首を傾げる。素直に頷いた。
「ところが、複雑な術式に加えて、生理学やら化学やらに絡めると話は別だ」
フェムトさんが腕を伸ばすと、するりと白蛇が姿を現した。目は透き通るような青で、体はしっぽに行くほど透明になっていた。
「フェムトさんは、魔道科学って呼んでますよね」
「そう。だから――魔道にはカンストがない」
フェムトさんは透明なしっぽに口付けて、息を吹き込むと、白蛇は風船のようにぷっくり膨れて宙に浮いた。
「だからこそ、おもしろいんですよね」
「そう、よくわかってるじゃないか」
「えっ」
白蛇からフェムトさんに視線を戻すと、フェムトさんは微笑んでいた。見たこともないくらい、とびっきり優しい顔。
「まあ、フィヨトにはわからないだろうけど。それがフィヨトを選んだ理由でもある」
「ど、どういうことでしょう」
「引きこもりの君は知らないだろうけどね、魔道をやってる奴らなんて、魔道を『極めよう』とする奴らばっかりなんだよ」
「……それは」
「無理だろう?」
フェムトさんが白蛇の腹を突くと、またどこかへ消えてしまった。
「それを、フィヨトは知っている。大きな違いだよ」
確かに、魔道を極めようなんて、思ったこともない。だって、ゴールがないんだもの。そもそも極める先がない。そういう、ことなのかな。
少し冷めてしまった紅茶を口に含むと、先ほどの優しい笑みを思い出して、また顔が熱くなってくる。もし、私のような人が存在することが、フェムトさんを喜ばせているのなら、これほど嬉しいことはない。
「ありがとうございます、フェムトさん」
「んん? 僕は何もしてないだろう」
「えへへ。なんだか、言いたい気分だったんです」
「やっぱり変な奴だな、フィヨトは」
変な奴、それでもいい。私が嬉しくて、フェムトさんも嬉しい。だってそれって、幸せ、なんじゃないだろうか。
しあわせって、すばらしい。フェムトさんは困ったように、それでも笑ってくれたから、フェムトさんも幸せだと、そう思ってもいいだろうか。そうだったら、いいな。