花薬欄
最近、ベッドに転がると、ずっとアリギュラちゃんに言われた言葉を思い出していた。
――もうちょっと~、フェムトのことも~考えてあげたら~?
そういえば、そもそもフェムトさんという人を、私は理解しているのだろうか。いや、理解できないことは分かっている。でも、少しでも知ることができたなら。フェムトさんの気持ちも、少しは考えることができるのではないか。
「それで」
「デートしましぇんか」
「噛むほど緊張するならやめておきたまえ」
「でっ、でも!」
「あーあーそうだな、君はなかなかにしつこい奴なんだったな!」
フェムトさんがこめかみに指を当てていたかと思うと、急に引っ張られる感覚。腰に手を回され、フェムトさんに寄せられる。……ひああ。赤面する間もなく、あごをくいっと引き上げられた。そして、至近距離で、ささやかれる。
「いい子だから、諦めたまえ」
「や、やです」
「強情だなあ」
手を離されると、へたりとその場に座り込んでしまった。ああ、これが腰が抜けるってやるなのかな。泣きそうになりながら、それでもフェムトさんを見上げると、フェムトさんは両手を挙げていた。
「降参だ。どこに行く?」
やった、粘り勝ちだ!
私は、前々から考えていたその場所を、迷わず口にした。
「フェムトさんの部屋に!」
「はぁ?」
「だめ、ですか」
「あのなあ、僕が君のそのセリフに弱いの知っててやってるんじゃないだろうな!」
「ええと、ほんの少し」
「素直でよろしい! まあいいいだろう、僕の部屋においで」
エスコートなんてしたら、フィヨトは倒れてしまうだろう? と。フェムトさんは、私のことをとてもよくわかってらっしゃるようで。これでも一緒に住んでいるのに、どうして私はフェムトさんのことがわからないのかな。自問に答えることがまったくできず、ちょっぴりへこんでしまった。
扉を開けるのは、実はこれが初めてだった。そうっとノブを引くと、何かふわふわしたものが飛び出してきて、足にまとわりついた。つい慌てて、視界がぐらぐらしたかと思うと、尻もちをついてしまった。あれ、痛くない。いつの間にか私の周りは黒いもふもふたちに囲まれて、床を覆いつくしていた。
「こらこら、その辺にしておきたまえ」
「きゅー」
もふもふたちが一斉に返事をしたと思ったら、わさわさとこちらに集まってくる。すると、もふもふたちがひとつの大きなかたまりになり、私はその上に座った状態になってしまった。
「……ええと」
「ぎゅー!」
「ぴえっ」
急に体がかくんと傾き、私は後ろに滑り出した。思わず目をつむるが、衝撃の来る気配がなく、恐る恐るまぶたを上げると、そこはもふもふのしっぽだった。ああなるほど、もふもふの背中を滑ってきたのか。
「おろしてくれたんですか?」
「ぎゅ!」
「ふふ、ありがとうございます」
「ぎゅー!」
お礼を言えば、巨大もふもふはぴょこんと跳ね、体をやさしく擦り付けてきた。私の体よりも二回り以上も大きいのに、力加減をわかっているのか、とってもかわいらしく思える。
横目で、ぐるりと辺りを見回す。フェムトさんの部屋は、恐ろしいほどにきちんと整っていた。瓶が不自然なほど几帳面に並べられ、器具には曇りひとつない。……あれっ、でも。私はそこで、朝食の風景を思い出した。フェムトさんは、ジャムの便を適当に閉めたまま仕舞ったり、コートを椅子に掛けてシワをつくったりする人だったような。なんだかちぐはぐに思えて、棚のひとつに近づく。木の継ぎ目に、白いホコリの跡。
「フェムトさん、もしかして」
「気づいても、言っていいことと悪いことがあると思わないかい」
「ふふ、そうですね」
私はもふもふをソファに連れて行くと、もふもふは器用にちょこんと座った。私も隣に並んで座り、フェムトさんが淹れてくれた紅茶を味わうことにした。きっと、素敵なひとときになる。そんな予感を胸に抱えながら。