朝食を終えたら
「お、おじゃまします」
「寛いでいいよ、今日から君の部屋だ」
そうっと足を踏み入れると、そこは光り輝く研究室だった。色とりどりのフラスコに入ったそれらは書物でしか見たことのないレア物ばかりで、フェムトさんがいかに異質なのかが、それだけでよく分かった。
「すごいです、こんなにたくさん」
「気に入ったかい」
「はい、とても!」
思わずそのうちの1つに目を奪われる。コスモスノイド茸――宇宙のようにきらきらと光を反射する、異界にしか生えていない、キノコのような植物だ。こんなものまであるなんて。
「フェムトさんは、本当に研究熱心なんですね」
「君も魔道に魅せられた類だろう、その魅力はフィヨト自身が一番よく分かっているはずだよ」
「だって、初めてだったんです」
それまでは、答えのある問いしか知らなかった。けれど、魔道を知って、答えの不確定な世界に出会って。私にとって魔道は、世界を広げてくれた、大切なものなのだ。
「つまり、フェムトさんのおかげなんです」
「僕?」
「だって、きっかけはフェムトさんを追いかけるためだったんです」
「ああ、そのことか」
フェムトさんはソファに座ると、私にも席を勧める。
「ひとつ、僕が知らないことを、フィヨトに教えてもらおう」
「はい」
「君にとって『恋』とはなんだい」
恋。私が、フェムトさんにしているもの。
「私は、フェムトさんのことを思うと、胸がきゅーって苦しくなって、心臓がドキドキして、嬉しくなったり、悲しくなったり、寂しくなったりします」
「病気と変わらないじゃないか」
「似てる、かもしれません。でも、しあわせ、です」
「何故?」
「だって私、フェムトさんに恋をしたら、世界が鮮やかになったんです」
それまで私は、日々を平静に過ごしていくだけだった。何の感情もなく。淡々と。唯一勉強しているときだけは楽しかったけれど、それは知的好奇心の話だ。心が揺さぶられるような、そんな感情に出会ったことなんて、今までなかった。
「だから……そうですね、私にとって恋とは、『感情の起因となるもの』だと思います」
話し終えると、フェムトさんは首を斜めに傾げた。
「理解はできる。でも、やっぱり分からないなあ」
「そういうものだと思います。私も、恋をするまで、恋なんて知りませんでした」
「なるほど。恋をすればわかる、か」
フェムトさんは、「君は座っていたまえ」と言って、席を立った。そうして棚の中から茶葉を探し当てると、ケトルに水を入れて、指パッチンでコンロに火をつけた。
そうか、フェムトさんは、恋を知らないんだ。フェムトさんにも、知らないことがあるんだ。その情報は、フェムトさんを万能だと思っていた私にとって、衝撃的なものだった。そうか、ふふふ。フェムトさんにも、知らないことがあるなんて。魔道に身を置く者として、ちょっと考えてみれば当然のことだったけれど、その事実はフェムトさんを少し身近に感じてしまうには十分なものだった。
にやけてしまう頬を両手で隠して、フェムトさんを見上げる。
「なんだい」
「いえ。……やっぱり、私はフェムトさんが、好きです」
「そうかい」
フェムトさんが振らないのをいいことに、私は再び、フェムトさんに告白するのであった。