庭先の柏
夢を見ていた。初めてヘルサレムズ・ロットに来たときの、あの風景。見たこともない生物、見たこともない景色――そして、仮面の怪人。私は彼から、いろんなものをもらった。もらって、ばかりだ。私はフェムトさんに、何かを返せるのだろうか。
全身が、ふわふわとしたものに包まれる感覚。あれ、いつの間にベッドに。うっすらと目を開けると、そこにはにんまりと笑うアリギュラちゃんがいた。
「ひあ」
「びっくりした~? かさねったら~机で寝落ちしてたから~」
「は、運んでくれたんですか」
「アタシじゃないわよ~、フェムトがね~」
「えっ!」
フェムトさんが。ま、まさか、寝落ちただらしない姿を、見られた……!
慌てる私をよそに、アリギュラちゃんはハイテンションだった。
「フェムトったら~大事そうにお姫様抱っこなんかしちゃって~んふふ~!」
「はひぇ」
「も~、かさねも起きてれば良かったのに~」
「むっ、むりですむりです、そんな、恐れ多い!」
そう言うと、アリギュラちゃんは唇を尖らせた。
「かさねって~そういうとこあるわよね~」
「そういうとこ、とは」
「かさねはね~ひとりで突っ走っちゃうのよね~」
「突っ走る」
「そう~。簡単に言えば~、わがまま~」
わがまま。その言葉を聞いたとき、ぴりっと全身に電気が走った気がした。だって、おとなしく生きてきた私にとって、その一言はとても衝撃的だったのだ。
「もうちょっと~、フェムトのことも~考えてあげたら~?」
「フェムトさんのことを、考える」
フェムトさんには、感謝してもし尽くせない。私の世界を広げてくれて、私を世界から見つけてくれて、私を側に置いてくれて。あれっ、でもそもそも、なぜ私だったのだろう。
別の疑問が湧いてしまった私は、そのままアリギュラちゃんに話してみることにした。
「そんなの~アンタが一番だったからに~決まってるじゃない~」
「いちばん?」
魔道の技術のことではないだろう。私よりもずっとすごい術者なんて、ごまんといる。
「アンタがいちばん~魔道のこと~わかってるのよね~」
「そう、なんですか?」
「かさねって~、魔道の本質ってなんだと思う~?」
「わたしには、わからないと思います」
「そう~、アンタは知ってるのよ~」
ええっと、どういうことだろう。首を斜めにしてもアリギュラちゃんが答えてくれるはずもなく、私はただただ考えるしかなかった。