一株花
だめだ。さっぱりわからない。
指パッチンをするところまでは、私にもできる。ただそれだけならば。術式を組み上げ、熱を増幅させることも、できる。ただ、それだけならば。それを、同時にしようと思うと、途端にできなくなってしまうのだ。加えて、風を起こして引火させなければならない。
やっぱり、向き不向きというやつなのかな。でも、そのせいにしてしまうのは簡単だけれど、諦めてしまったら、ずっとできないままになってしまう。私は、それが嫌だ。
うむむ、と頭をこねくり回していると、ノックの音が3度、聞こえた。
「やあ」
「ふぇむとさあん」
「なんだいなんだい、いつにも増して変な顔してるね」
フェムトさんは私の額をつんつん突いた、と思ったら、目の前にバラのミニブーケ。
「わあ……!」
「君、こういうの好きだろう」
「はい、大好きです」
差し出されたそれを手に取ると、3本のミニバラのみずみずしい紅が、私の目を惹き付ける。
「机に飾っていいですか?」
「好きにするといい」
それじゃあ、と早速きれいなビーカーに水を入れて、そっと挿す。それだけで、私の机が急に華やいだように感じた。
「で、何をしていたんだい」
「フェムトさんの、真似です」
「ほう?」
簡単に経緯を説明すると、フェムトさんはふたたび、私の額を突いた。
「ばかだなあフィヨトは」
「ふえ」
「もっと本質を見たまえよ」
「本質?」
「大事なのは手順じゃあない。僕が『何をしたか』、だろう」
フェムトさんが、何をしたか。簡単に言ってしまえば、一瞬で炎を作り上げた。
「僕の弟子になれとは言ったけどねえ、まるっきり真似されたんじゃあ、それはフィヨトじゃなくて僕になっちゃうだろう」
「……そっか」
「わかったかい」
ひとつ、思いついた。私はコンロに立つと、人差し指に術式を乗せる。そして、そこに向かって、息を吐く。指先から炎が飛んでいき――そのままコンロに火が灯った。
「で、できましたあ、フェムトさん!」
「当然だろう、僕の愛弟子なんだからね」
ふふん、と得意げに笑うフェムトさんは、ケトルを取り出すと、コンロの上に乗せた。
「じゃあお祝いに、特別な紅茶をごちそうしよう」
「えっ!」
「マスカットのフレーバーティー。どうかな」
「ぜ、ぜひ!」
フェムトさんの指先から注がれる紅茶は、術式なんて使っていないのに、まるで魔法みたいだな、と。ソファに身を沈めながら、そんなことを思った。