文字
行幅

透明度不足

 バイト先に、新たな友人が出来た。ごく普通そうな男の子で、糸目とふわふわな髪がチャーミングな彼は、レオナルドといった。 「そうだレオ、どこかいいお店知らないかな」 「店?」 「いや、カフェ巡りが趣味なんだけど、最近マンネリ気味で」  正確には、カフェ巡りが趣味なのもマンネリ気味なのも、フェムトさんなのだけれど。  そんなことには縁のなさそうなレオは、バーガーショップをおすすめしてくれた。バーガーは先日食べてしまったけれど、まあ食べ比べみたいなものでも面白いかもしれない。 「店員さんがすごくいい人で、よくお世話になってる」 「……変なメニューとか、ない?」 「あはは、異界人向けのメニューもあるけど、人類向けのメニューもちゃんとあるよ。というか、店員さんも人類だし」  それなら安心だ。  レオに感謝して、次はそこへ行こうと手帳にメモした。  ……のが、既に先週の話。  よく遊んでいたバイト先の女友達が蒸発してしまったために何故か私のシフトが増え、そうかと思えば本業の方でも何度か駆り出されるし。ここ数日で数カ月分の体力を使った感じがする。やたらと目がシパシパして、ネオンの明かりでさえ眩しく感じるのだから、早いとこ帰って休みたい、けど。  ――お腹すいたけどご飯つくる気力もないし、とりあえず今日は外で済ませよう。  そうして店名をろくに確認もせず、アパートの近所の、ぱっと見安全そうなところにふらっと入った。  カウンター席に座ってハンバーガーとコーヒーを頼み、ふう、と息をつくと、左隣にいる人に気づいた。 「君もなかなかに酔狂だな」 「あの、フェムトさん、今日、疲れてるんですけど」  関わるものかと思っていたのに、なんだかんだで隣に座ることを許してしまっている。拒絶するのが面倒くさくなった、とも言う。 「見れば分かるさ。仕事の掛け持ちでもしてるのか君は」 「まあ、ちょっと。本業のためにバイトしてるっていうか、バイトしながら本業してるっていうか」 「だからってそこまでやるかい? 目はともかく、君の体は普通の人間なんだぞ」  ほいお待ち、と威勢のいい声と共に、ハンバーガーが目の前に出される。とにかく空腹だった私は、とりあえずお腹を満たすことを優先した。  黙々とバーガーをかじる私に、フェムトさんの論説は続く。仮面がなければおそらく、眉間にシワが寄っていたことだろう。半分まで達したところでようやく落ち着いた私は、フェムトさんに向き直る。 「あの」 「なんだね、話はまだ――」 「心配してくれたんですか」  その瞬間、ぴたりとフェムトさんのすべてが止まった。どうしたんだろう、と思いつつ反応がないので、バーガーをもう一口含む。 「フェムト、さん?」 「そうだな」  ようやく動いて、フェムトさんは頬杖をついて、私を見つめた。 「とても心配した。だからこうやってわざわざ君に説いて聞かせてるんじゃないか」 「……そう、ですか」  ふいっと正面へ視線を戻し、さらにバーガーをかじった。 「もうこんな真似してくれるなよ」 「それは保証しかねます」 「じゃあせめて、そのぶん体は労ってくれ」 「……うーん、それもどうかなあ」 「まったく、君ってやつは!」  てし、と頭をつつかれた。  支払いを終えて(結局いつもフェムトさんが払ってくれている)、外に出ると、店のガラスに「DIANNES DINER」と書かれていることに気づいた。なるほど、レオが言っていたのはこのお店のことだったか。  それじゃ、といつものように別れようとすると、ぐえっと首が締まった。どうやら後ろから襟を掴まれたらしい。振り向けば、すぐそこにフェムトさんが。 「今日はもう帰宅だろう、送っていこう」 「どういう風の吹き回しですか」 「せめて帰り道だけでも気を抜きたまえ、僕が居れば大抵のことは心配ない」  なんてさらっと言うものだから、もうこの人一体なんなのと心の中で叫んだ。  他の人類に比べてちょっとだけ親しくされてるだけだし、心配するのだって普通のことだし。と自分に言い聞かせても、やはり……嬉しくないこともない。ちらりと彼を見上げれば、上機嫌に私の横をひょこひょこと歩いていた。最初は私の目が目当てなのかと思ったらそういうわけでもなさそうだし、この人が言うほど私は自分自身を変わってるとは思えないし。  ぐるぐると考えているうちに、あっという間に数分が過ぎて、気づくとアパートの前まで来ていた。 「あ、ここです。送ってくれてありがとうござい、あだっ」  おでこに衝撃を受けて、それがフェムトさんによるデコピンだと気づくまで少々時間がかかった。 「何するんですか」 「じゃあすぐ休めよ、おやすみ」  言い残すと、いつものように、まばたきする間にふわっとどこかへ消えた。  何だったんだ、と思うと同時になんだかどっと疲れた私は、部屋に入るとすぐ、そのままベッドへと倒れこんだ。
 体が重くないことに気づくのは、次の日の朝、目が覚めてからだった。  やけにすっきりとした目覚めに驚いていると、ジーンズのポケットに違和感を覚えた。その正体は小さなメモ用紙で、広げてみれば、そっけない一行が書かれていた。  ――君が労らないなら、僕が労ってやろう  ……ほんとうに、この人一体なんなの。  今度こそ、口に出して言ってやった。
keyboard_double_arrow_leftback