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誤差の範疇

 うわ、朝から嫌なものを見てしまった。  夜勤明け、どうせなら新しいカフェにでも行こうかな、と思いつつだらだらと道を歩いていると、向かい側の道で異形トラックがいそいそと人間のパック詰めを乗せていた。  堂々としすぎているし、これは幻術かな。はあ、とひとつ溜息をついて、私は足を進めながらスマホを取り出した。 「あ、スティーブンさん。ちょっと――」  幸いなことに、私は感情が顔や声に出にくいらしい。加えて、長年の慣れで鍛えられたスルースキルのおかげで、突拍子のないものを見ても、特に不自然なことなくやり過ごせる。そしてそれが本業の役に立つのだから、変なところで恵まれたなあと思わざるをえない。 「というわけで、念のため報告まで」 『君のことだからないとは思うが、巻き込まれるなよ』 「いえっさー」 『まあ、その辺りは信用してるからな』  それじゃ、と通話を切ると、店の前にフェムトさんが居た。今日も今日とて、ラフな格好。 「君、ライブラだったんだな」 「今まで気付かれてなかったのが驚きです」 「君の私生活にまで介入するほど、僕も野暮じゃないさ」 「会話は盗み聞きするのに?」 「……それは、それだよ」  とりあえず入ろうじゃないか。フェムトさんは拗ねながらも扉を開けてくれた。  原材料はわからないけれど、桜色の可愛らしいパスタがあったのでそれを頼んでみた。フェムトさんは、聞き慣れない食材のクリームパスタ。人体に影響がないらしいことは一応、事前にチェック済みだとはいえ、HLではこの辺りに頓着しなくなるなあと改めて関心する。 「以前言っていた『本業』というのは、ライブラのことか」 「ええ、まあ」 「それなのによく僕と会話しようなんて思ったな、君」 「そりゃあ、ねえ」  ファーストコンタクトがあれだったら、誰でも親近感持っちゃいますって。……とは言えず、なんとなくはぐらかした。 「そうだなあ、街に来て日が浅かったんで、そんなにすごい人とは思えず、とか」 「自分で言うのもなんだが、散々好き勝手してるぞ。この前だって、魔神を召喚しただろう」 「いいじゃないですか、そういうことにしといてくださいよ」 「……まあ、よかろう」  フェムトさんもさほど興味がなかったのか、あっさり追求は免れた。  運ばれてきた桜色のパスタには、エビらしきものが散りばめられていた。中央で背がぽっきり曲がってハート型になっていて、ちょっと可愛い。癖で手を合わせてから、フォークを取った。 「しかし、何故またライブラなんかに」 「この目が役立つって知ったら、何かしたくなるじゃないですか」 「そういうものか?」 「私にとっては、そういうものです」  ひとくちぶんを巻き取って、運ぶ。うん、美味しいペペロンチーノだ。 「まあ、義眼ほど性能よくないですけどね。私は、そこに存在するものが見えるだけで」 「おや、詳しくなったな」 「こないだ入った新人が義眼持ちだったんですよ。見えるもの談義で盛り上がりました」 「……それ、僕に言ってもいいのかい?」  それこそ何故です、と聞けば、「僕が次のゲームに利用しようとするかもしれないだろう、困るのは君たちだぞ」と不思議そうにした。  首を傾げるフェムトさんだが、やっぱり私にとって不思議なのはフェムトさんのほうだ。 「どちらにせよフェムトさんはゲームをやめないでしょうし、探ろうと思えばライブラのことなんていくらでも探れるんじゃないんですか。でもしないってことは、する気がないか興味が無いかでしょう」 「まあ、そうだが」 「じゃあ、何も問題ないじゃないですか」  そういうものか、と再び問われたので、そういうものです、とやはり返した。 「それに」  ちらりとフェムトさんの方を見る。相変わらず座る姿勢はやたらよくて、食器の音はまるでしない。 「フェムトさんは、私が危なくなったら、助けてくれる気がします」 「君は、僕を買いかぶりすぎじゃないかね」 「だってフェムトさん、身内には優しい人でしょ」 「どうかな」  口ではそう言うけれど、やっぱりこの人は分かりやすい。優しく微笑むフェムトさんは、どこからどう見ても危険人物には見えなかった。  それに彼は、私のことを「身内」と言ったのに、否定しなかったのだ。
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