見えやすい弊害
世の中には「神々の義眼」という至高の品があり、この世のすべてを見通すらしい。上位存在の隠しカメラ、とも言われる。使いこなせば様々なことができるとか。
一方、普通の目を持つ私も、へんてこな幻術とやらを見破ってしまう。しかし、大きな違いが、ひとつ。
"この世のものでないもの" まで見えてしまう、ということだ。
「そんなこと言われましても」
『一度だけでいいんです、それで成仏しますからあ!』
大股で歩く私をうるうるとした目で見上げてくるのは、異界人の……男の子? たぶん。
やたらと私にくっついてくるので、うっとおしいなあと思っていると、『おねえさん、見えてるよね!』と話しかけられた。私はそこで初めて気づいたのだ、この子がもうこの世にいない存在であることを。
正直、またかという感じである。私の目はどうやら強すぎるらしく、半透明どころか触手の一本一本までしっかり認識できてしまう。私にとって幽霊を見るのは、生きている人を見るのと視覚的になんら変わりないのだ。……ゆえに、逃げ遅れてしまう。
以前、本当に他の人には見えていないのか不思議になって、幽霊に手を伸ばしたことがある。私の指はその肌に触れることなく、しかし確実にその部分だけがひんやりと感じた。あれが霊気、というものなのだろうか。
そんなわけで私は、この子を、頭を撫でて落ち着かせることもできず、ましてや。
「私、生きてるから君とは手を繋げないよ」
『そんなあ……』
がっくりと項垂れる男の子に、いささかの同情心がないわけでもない。けれど、霊というものは、生きている人と長時間関わると、周りの生気を吸い込んで凶暴になるので面倒なのだ。最悪体を乗っ取られる。だから私は一刻も早く、傍を離れたいのだけれど。
『じゃあデートだけ! ならどう?』
「……わたしには心に決めたひとが」
『デートだけ!』
離れたいのだけれど、勝手に付いてくる場合って、どうすればいいんでしょうか。
ただでさえ急いでいるのに、と足を速めようと正面を向いたそのとき。目の前がまっくらになり、おでこがむぎゅっと柔らかいものに激突した。体の力が抜けてぐらっと傾いたところを、寸前で踏ん張る。
「うあ、すみま――」
「時間に遅れるなんて珍しいと思ったら、なんか変なものをひっつけてるな」
「え、あ、」
そこに居たのは、ガンギマリのチンピラでもガタイのいいおっさんでもなく、私がさっきまで急いでいた原因。めずらしく正装だな、とぼんやり思った。
「フェムトさん助けてくださいこの子どうしたら」
「会ったらどうやって叱りつけようか楽しみにしていたが、それどころではなかったようだな」
吐き捨てると彼は、持っていたステッキを勢い良く振りかざし――男の子に叩きつけた。その瞬間、男の子の体が砕け散り、細かい粒子となって空気に融けた。
よかった、助かった。そう思ったら、今まで頑張っていた腰が急に抜けてしまった。
「ただでさえ見えやすいのに、もしかして君は憑かれやすくもあるのかい」
杖先で私の頬をふにふにと突かれるので言い返したいが、長時間生気を吸われたせいで声を出すのも辛い。
「……勝手に……いや、いつもは……」
「あーあー、やっぱりいい。喋るんじゃない」
フェムトさんは私の首根っこを掴むと、よっこらせと俵担ぎにした。女の子としてはお姫様抱っこを所望したいが、今は正直何もする気力がない。
「カフェテリアはまたあとで、だな。生気の回復ならウチのが早い」
「……うち、って」
「もちろん僕んちだよ」
ぱちん、とフェムトさんが指を鳴らすと、もうそこは可愛らしいロココ調の寝室だった。
ぽいっと投げ出されるも、ベッドはふよんふよんと浮き沈みして私を受け止めてくれる。なんとか自力で靴を脱ぎ、仰向けになると、フェムトさんの顔がやけに近くにあった。そのままぼうっと見つめていると、白の手袋が私の目を覆った。
「さあ、しばらく眠りたまえ」
続いて聞こえてきた不思議な響きのささやき声を聞いていると、すうっと体の力が抜けていく。
意識を手放す直前、おやすみ、という優しい声と、頬に杖とは違う柔らかな感触を感じた、気がした。