王はためらわない
目を覚ますと、そこは見慣れた自室ではなく、ロココ調のかわいいお部屋。もふもふと柔らかく、無駄に大きなベッド。覚醒していく脳に、ぼんやりと記憶が蘇る。
そうだ、フェムトさん。
がばっと勢い良く上半身を起こすと、頭がくらりと回って、枕に引き戻された。
「も~、寝てなきゃだめじゃん~お馬鹿~」
「……アリギュラちゃん」
声のした方を見れば、ゴスロリ姿のいつもの彼女が、仁王立ちしていた。
「なんで、ここに」
「そんなの~理由はひとつよ~」
アリギュラちゃんは、ベッドに腰掛けると、目にかかった私の前髪を流してくれる。
「コハクちゃんって~フェムトのこと~好きでしょ~」
「わかっちゃいますか」
「アタシを誰だと思ってるの~」
度々会っているせいで忘れがちだが、彼女は間違いなく、恋愛に傾倒する「偏執王アリギュラ」なのだ。その道のエキスパートに、隠し事はできないらしい。つまり、彼女は、恋バナがしたくてここへ?
「コハクちゃんは~寝たままね~。フェムトに早く会いたい気持ちはわかるけど~、"気" を取り戻すのが先だから~」
しぶしぶ、はい、と頷けば、「いいこ~」と頭を撫でてくれた。
「でも~だいぶ楽になったでしょ~?」
「はい。ちょっと体がだるいくらいで、いつもよりずっと、気分はいいです」
「ふふふ~」
アリギュラちゃんは楽しそうに口角を上げて、足をぱたぱたと動かした。それに合わせて、ベッドも浮き沈みする。
「どうしてだと思う~?」
「フェムトさんが、何かしてくれた、とかですか」
「わかってるじゃん~。でも~それだけじゃないのよ~」
アリギュラちゃんはご機嫌で、ふふん、ともったいぶる。
「コハクちゃんにも~見せてあげたかったくらい~、ちょ~焦ってたんだから~」
「……まさか」
あいつが焦るなんて~びっくりでしょ~。と、アリギュラちゃんは、にやにやと私の反応を伺っている。真っ赤になった顔を慌ててシーツで隠した。
「たとえば~眠る前に~フェムトに~何かされなかった~?」
「眠る、前?」
「術、かけてたでしょ~。あれ~結構めんどくさいから~普段あんなの使わないのよ~」
とにかく眠気が重かったので、記憶が曖昧だけれど、確かに何か呟いていた気がする。そう伝えれば、「それよ~」と肯定された。
それからアリギュラちゃんは、私がここへ来てからの出来事を、簡単にかいつまんで教えてくれた。
私にかけたのは、睡眠を深くして、周囲の生気を染み込みやすくする術だということ。この部屋に、生気を取り込み充満させる術式を組み込んだこと。そして今、生気の回復に有効な食事を作ってくれていること。
まさに生気のフルコースって感じ~、とアリギュラちゃんは締めくくった。
「というわけで~アタシの言いたいこと~わかった~?」
期待されているようなその笑みから、なんとなくは察したけれど。
「ええと、なんでしょう」
「告ってみれば~?」
「無理です」
私は即答する。
「なんでよ~、絶対オッケー貰えるわよ~」
「わ、分からないじゃないですか」
「ほとんど確定事項じゃない~」
「……でも」
そう、なぜ私がずっと、フェムトさんが好きだという事実から、目を逸らしていたか。ひとえに、フェムトさんと一緒に居られる時間が大好きだからだ。そしてそれは、この恋が叶わなくても続けられることだから。
そう思ったら、わざわざ関係を崩すようなリスクは冒したくなかった。だからずっと、今まで自分の気持ちを直視しないように、認めないように、ごまかしていたのに。
「アリギュラちゃんは、怖く、ないんですか」
「なにが~?」
「相手に、拒否されること」
「べつに~」
アリギュラちゃんは、さもどうでもいいことのように、さらっと、そう言った。
「だいたいね~相手に拒まれたところで~それは相手の都合でしかないでしょ~? 自分は相手が好きで~それが変わらないなら~なんとかなるわよ~」
そんな、身も蓋もない。唖然としていると、アリギュラちゃんにおでこをこつんとされた。
「恋なんてね~所詮は独りよがりのエゴでしかないの~。アンタの恋を抱えてるのは~フェムトじゃなくてアンタでしょ~。だったら最後まで~自分のワガママ突き通しなさいよ~」
優しい表情で、アリギュラちゃんは私の隣に寝転ぶ。
「いい~? 恋愛はね~」
そうして、言い聞かせるように、歌うように。
「押して~、押して~、押しまくった方が勝つのよ~」