浮力に逆らう
今日は趣向を変えて、待ち合わせ場所を遠めに設定して、歩いてカフェまで向かうことになった。フェムトさんと居られる時間が少しでも増えるのは、私としても嬉しいので大歓迎だ。
噴水前を覗くと、やはりフェムトさんがそこにいた。
「お待たせしました、やっぱりお早いですね」
「僕はいつもと同じ時間に来てるだけさ。君も丁度いい時間に来てくれるしな」
さて、行こうか。
フェムトさんは微笑むと、腕組みを解き、歩き出した。
あれから、私たちの仲に変化はなかった。アリギュラちゃんにはああ言われたけれど、やっぱりこのままでもいいかもしれない、そう臆病な私が言うのだ。けれど。
――アンタの恋を抱えてるのは~フェムトじゃなくてアンタでしょ~。
その言葉が、ずっと引っかかっている。
「……なあ、君」
少し歩いたところで、フェムトさんが口を開く。
「なんです?」
「なんです、じゃないだろう。君見える人だろう、なんか周りにうじゃうじゃいないか」
「うじゃうじゃ、って?」
「霊的なものがだよ」
言われて周りを見渡すが、特筆すべきほどでもない。
「そうでもないですよ」
「いや明らかに多いだろう、かなり密集してるぞ」
ざっと見渡しても、脇腹から血が流れてたり、首のとれかかってるのがいたり、そういうのがまばらに混じっている程度だ。こういう分かりやすい霊はとてもありがたい、対処がしやすいから。道の端では、胴の分かれた黒猫が上下別々に伸びをしていた。
「あら、かわいい」
「関わるんじゃないぞ」
釘を差された。動物霊はたいてい無害だから、そんなに警戒しなくてもいいのに。
フェムトさんは隣で、やっぱり憑かれやすいんじゃないか、と呆れていた。
「そんなにおかしいですかねえ」
「あのなあ君、霊なんて普通、年に一度会うか会わないかだぞ」
気づいてないだけじゃないですかね。私は気にせず、ふわふわのオムライスを頬張った。ソースの代わりに和風のあんかけが乗っていて、中はケチャップライスではなくバターライス。なかなかに好みだ。
「というか、そんなに非常事態なら、暇つぶしがてら楽しんでみたらどうですか」
「僕一人ならそうしたさ、けど君がいるだろう!」
む、と口を曲げるフェムトさん。
「わたし、ですか」
「そうだよ、また先日みたいになってみろ! 心臓がいくらあっても足りない!」
大口で頬張るフェムトさんのオムライスは、オーソドックスなデミグラスソースだ。そっちもおいしそうだなあ、と眺めていると、フェムトさんはまたこちらを睨んできた。
必死なフェムトさんがなんだかおかしくて、思わず笑みを零せば、フェムトさんは数秒固まった後、ふいと顔を反らした。
「笑いごとじゃないんだ、分かってるのか君は!」
「はい、わかってます」
「分かってないだろうそれ!」
「心配性ですねえ」
そんなことより、ひとくちくださいよ。
言ってみると、フェムトさんは「もう!」と怒りながらも、ソースのたっぷりかかったところをすくってくれた。口に含めば、胸に温かいものがじわりと染み出す。
「うん、好きです」
思わず零すと、なかなか悪くないだろう、とオムライスの感想が返ってきた。