副作用をお忘れなく
バイト先の近くに、異界人が出した、人類向けのカフェテリアが出来たらしい。その触れ込みだけでも充分に面白そうなのに、友人から聞くに、どうやら「人類風」を曲解しているのだとか。HLでたまに見かける寿司屋のようなものだろうか。
ボロネーゼがおいしかった、と言っていたので、それにしようと心に決めた。もともと午前だけだったシフトを終えた私は、先日入ったバイト代と共に、ほくほくしながらその店へと向かった。
「承っております。お連れ様がお待ちです、こちらへどうぞ」
「へ」
店へ入るとすぐに三つ目の店員さんが来てくれて、ひとりです、と言おうとしたら先を越された。もちろん待ち合わせなんてした覚えはない。だって、ついさっき行こうと決めたばかりだし、友人のシフトは夕方までだ。人違いです、と言おうとした私の視界の端に、ちらりと琥珀色が映る。
まさか。
左奥の2人席を見やると、先日会った彼――堕落王フェムトがひらりと手を振った。
「やあ」
「……どうも」
僕からお邪魔する、って、そういうことか。
堕落王フェムトは、イカスミパスタ(たぶん)を頬張ると、口をへの字に曲げた。
「なんだなんだ、反応薄いぞ君」
いや、驚いて反応し損ねただけです。そう淡々と告げれば、一瞬きょとんとした後、「やっぱり君はどこかしら変だな!」と満足気に頷いた。
「君の変人っぷりは、君のその目が由来なのか?」
「関係なくないですかね」
「いいや、そうでもないぞ。例えばだが、義眼を手にした者の大抵は、思い上がって身の破滅を招く」
そういえば、義眼、というのを前にも聞いた気がする。
それって何ですか、と聞こうとすると、「お待たせいたしました」と今度は四つ目の店員さんがボロネーゼを運んできた。グレープフルーツジュースと共に。
「あれ、私、注文しましたっけ」
「僕がしておいた。それで良かったんだろう」
「……見てたんですか」
「さて、何のことだか~」
何故か先に居座っていたり、友人との会話を盗み聞きしていたらしかったり、やっぱりこの人とは縁を切った方がいいのかもしれない。
ボロネーゼは、見た限りではとても一般的な、これといって特徴のないものだった。半分は怖いもの見たさで来てみたというのに、拍子抜けだ。まあ、人体に影響がないに越したことはないけれど。
美味しいボロネーゼを楽しみながら、先ほど言おうとしたことを堕落王フェムトに問うてみた。
「神々の義眼、というものがあってね。君たちのような生まれつきとは違って、とある者から後天的に授けられる――というか、ほぼ一方的に押し付けられるものだよ」
「それって、どんなものなんですか。機能とか」
「詳しくは知らないが、聞きかじった感じだと、君たちとほとんど同じだな。本来見えないものが見えてしまう」
「うへえ、それは同情しますね」
生まれつきである私でも、幽霊だの幻術がかかっているはずのものの正体だのが見えてしまうと気持ち悪くなる。なのに今まで見えてなかった人が突然見え始めたら、普通にノイローゼになるんじゃなかろうか。
「あ、でも、あなただったら扱えそうですね。図太そうだし」
「失礼な! 僕ぁこう見えて繊細なんだぞ!」
自分で言ってりゃ世話ないです。喉元まで出かかった言葉を、パスタの最後の一口と共に飲み込んだ。これ以上機嫌を損ねたら面倒そうだ。
「というか、君は僕をあまり名前で呼ばないな」
「あれ、呼んで大丈夫なんですか」
てっきりお忍びだと思ったのに、と首を傾げる。
「それくらい幻術でなんとかしてるに決まってるだろう、僕を誰だと思ってるんだ」
「堕落王フェムト」
「……フェムト、でいい」
じゃあ、フェムトさん。呼んでみれば、柔らかく微笑んだ。
可愛いデザートまで頂いてから、お会計を、と思ったらフェムトさんが払ってくれた。せめて自分の分だけでも渡そうと思ったのに、「こういうとこでは男性が格好つけるものだよ」と頭にぽんと手を乗せられた。いやそんな雰囲気じゃなかったでしょ、とは言えずに、なんとなくされるがままになっていると、そのままするりと髪を撫でられた。
「ふむ、この髪も似合ってるな」
「……はい?」
「ではまたな!」
顔を上げれば、そこにフェムトさんは既に居なかった。恐る恐る店のガラスに目を向ける。
「もしかして曲解って、え、そういう……?」
そこに映った私の髪は、フェムトさんとお揃いの琥珀色になっていた。
一晩寝たら元に戻ったけれど、そのときフェムトさんにされた行為は私の中に小さな種を残した。
……ちょっとドキッとした私を返せ。
ひとりごちても、そこに届く相手はいないけれど。やっぱり奴とは金輪際関わるものか、と心に誓った。