スイーツの副産物
「飽きてきたな」
「それは、どういう」
食後のシャーベットを楽しんでいると、フェムトさんが思い出したように口にした。
「君が訪れる場所に僕が先回りするという流れがマンネリ化しているだろう。気に入らん」
「……なるほど?」
つまり、それを変えればいいということだろうか。
じゃあ、待ち合わせでもしてみます?
おどけて言ってみれば、「それだ!」と意外にも食いつきが良い。しかしそこで初めて気づく。そういえば私たちは、連絡先を知らなかったのだ。
あまりにも必要がなかったために怠っていた。というか、気づきすらしなかった。そうして、そのままフェムトさんと連絡先を交換した。
それじゃ、次行くときは事前に連絡したまえ! と、フェムトさんは上機嫌で消えていった。……ちょっとだけ、カップルみたいだな、と思ったのは内緒だ。
ルールは簡単。前日にメールで約束をし、当日、カフェの前で待ち合わせる。ただそれだけ。
特に面白いこともないと思うんだけど、いいのだろうか。まあ、フェムトさんがいいならそれでいいか。
さっそく新しい店の情報を仕入れた私は、フェムトさんへのメールを打った。
――髪型よし、服よし、メイクよし。
最終確認を終え、時計を見れば、待ち合わせ15分前。ちょうどいい頃合いだ。
この習慣は少し前から始めた。なんとなく、フェムトさんと会うときは身だしなみを整えておきたいのだ。だってほら、フェムトさんは、ラフな格好でも教養の良さが滲み出てるし。……なんて、本当は、なんとか目を逸らしているだけなのだけれど。もうしばらくは、気づかないふりをさせてほしい。
待ち合わせ場所には、既にフェムトさんがいた。少し大きな声で彼を呼べば、片手を上げて応えてくれた。いつも通り、 "堕落王" に似つかわしくない服装。きっと彼は、私がその露出した手首や鎖骨に、いちいち動揺していることを知らない。
「おはようございます、早いですね」
「君が言えたことかい、まだ10分前だよ」
そういえば、そうでした。
照れ隠しついでに歩き出そうとすると、後ろ襟を引っ張られた。……この人は、私を引き止めるのに、実力行使しかしないのか。仕方なく、なんですか、と問えば、予想もしない答えが帰ってきた。
「今日はもうひとり来るから、その紹介にね」
もうひとり?
フェムトさんに他のご友人がいたなんて、と何気に失礼なことを考えていると、ほらそこ、とフェムトさんが私の後ろを指差した。振り返れば、ピンク色の大きなリボンが揺れていた。
「あれ~もう揃ってた~?」
「やあ、アリギュラちゃん。彼女が例の」
「やっほ~、知ってると思うけど~アリギュラちゃんよ~。アンタのことは~フェムトから聞いてる~」
「……どうも」
驚いた。13王って、仲良かったのか。
フェムトに次いで有名人な偏執王アリギュラは、私の手を取ると、ぶんぶんと上下に振った。
フェムトさんと違って、彼女はよく見るゴシックな格好だった。もちろん仮面もつけている。手袋だけは、していなかった。
「アリギュラちゃん、って呼んでね~」
「あ、私のことはお好きにどうぞ」
「じゃあ~、コハクちゃんね~」
「ふふ、はい」
画面で見るのとは違う、あまりにも可愛らしい彼女に、思わず笑みを浮かべる。
するとアリギュラちゃんは、急にぱかっと仮面中央の目を開き、勢い良くフェムトさんの方を振り向いた。
「ちょっとちょっとフェムト~!?」
「…………」
フェムトさんは、真顔で口に手を当てていた。そのただならぬ雰囲気に、なんだか少し焦ってしまう。
「ど、どうしたんです?」
「いや、なんでもないよ。さあ、入ろうじゃないか」
「あ~、待ちなさいよ~!」
フェムトさんは、何事もなかったかのように歩き出した。でも、いつもよりも感情が見えないのは、気のせいではないと思う。
そのカフェテリアは開店したてだったせいか、なかなかに盛況だった。午前中に来て正解だったな、と過去の自分を褒める。
しかし、迷う。いつもは食事目的が多いため、比較的簡単にメニューが決まるのだけれど、今日は違う。スイーツ目的だ。可愛らしいイチゴのパフェと、しっとりしたチョコレートケーキ。どちらを取るべきか。
ううむ、と悩んでいると、アリギュラちゃんも悩んでいるらしいことに気づく。
「アリギュラちゃんは、どれにします?」
「イチゴのパフェか~、チョコレートケーキ~」
「あ、いっしょです」
「え~ほんと~? じゃあどっちか頼んで~ひとくち交換しよ~」
「はい、ぜひ」
やった~、とはしゃぐアリギュラちゃんはやっぱりとても可愛いくて、見ていてこちらまで楽しくなってくる。この子が、先日暴動を起こした「偏執王アリギュラ」と同一人物だというのだから、やっぱり世の中わからないものだ。
運ばれてきたスイーツは想像していたよりも美味しそうで、アリギュラちゃんがいて本当によかったなと思った。フェムトさんはあまりスイーツを食べたがらないから、交換ができないのだ。嫌いではないらしいのだけれど。パフェをアリギュラちゃんが、ケーキを私が受け取った。
「コハクちゃん~おいしいとこ頂戴~」
「ふふ、じゃあ私もおいしいとこ、くださいね」
「もっちろん~」
こうして話してみると、まるで妹のようで楽しい。おそらく彼女の方が年上なのだろうけれど。なんならお姉ちゃんとお呼びしたい。
そんなことを考えていると、フェムトさんがこちらを見ていることに気づいた。
「フェムトさんもいります? チョコケーキ」
ひとくちぶんをフォークにすくって、差し出す。フェムトさんはためらったようで、ほんの少し唇を突き出してから、無言でフォークに食いついた。
「……ふむ、悪くない」
「でしょう?」
スイーツもいいものですよ、と笑えば、フェムトさんは再び私をぼうっと眺めていた。