ぬいぐるみ
「ふむ」
ぱちん、と音が鳴ったことに気づいたのは、フェムトさんに抱きかかえられたのと同時だった。
一体何したの。そう問おうとする、が、声どころか口がまず動かない。というか、体全体が金縛りに遭ったかのように動かない。そして、目の錯覚でなければ、フェムトさんがいつもより大きく見える。混乱している私をよそに、フェムトさんは私の手足をむにむにと触ってきた。動かないだけで、感覚はあるらしい。くすぐったいな、と思っていると、その手足が目に入ってきた。
茶色の、もふもふ。
「問題なし。ちゃんと聞こえているね?」
聞こえてるけど、喋れないです。
心の中で抗議すれば、「なら問題ない」と頷いた。どうやら伝わってはいるらしい。いや、問題ならありまくりなんだけど。なに、これ。
「だから、テディベアだよ」
……なるほど、さっぱりわからない。
要約すると、こういうことらしい。
一日ぬいぐるみ体験ツアー。
「最初に『ぬいぐるみになりたい』と言ったのは君だろう」
いや、言ったけども。
「急ぎの予定はなかったろう、しばらくぬいぐるみ気分を堪能してみたらどうだい」
ええー……
釈然としないなあ、ともやもやしていると、ふわっと抱き上げられ――ぽすん、と顔から落ちた。視界が暗い。
「とりあえず、二度寝でもしようじゃないか」
フェムトさんの声が、心音が、下から響いてくる。続いて、ぽん、ぽん、とあやすように撫でられる。
大きな手が、あたたかい。その心地よさに身を委ねているうちに、私の意識はふうっと遠のいていった。
しばらく、というのは数十分だったらしい。先に目を覚まして暇を持て余していたら、急にぽんっと元の身体に戻った。
尚もすやすやと眠る彼に、なんとなく意地悪したくなって、頬をつねる。仮面を外した彼は、ちょっぴりだらしない。そんなところが可愛かったりもするのだけれど。
「んー……」
眉をひそめて口をむにむにとさせるのは、私だけが知ってる、彼の寝起きの癖だ。
フェムトさんはうっすらと目を開けると、のんびりと欠伸をした。
「おや、もう戻ったのかい」
「充分堪能したよ」
「ご感想は?」
とろんとした色っぽい目は、一種の凶器だと思う。
「もう、なりたくはないかな」
「おや。お気に召しませんで?」
おどけて言う彼の頬に、そっとキスを落とす。
「だって。動けないんじゃ、キスもできないでしょ」
「はは、確かにそうだ!」
フェムトさんは私の頭を引き寄せると、今度は唇を重ねた。