ずっと隣に堕落王
つまり、全てはアリギュラちゃんの仕組んだことだった。
アリギュラちゃんはもともと、フェムトさんの相談を受けていたらしい。あの日アリギュラちゃんを紹介されたのも、私の感情を表に引き出して欲しかったから、だとか。そのとき私は初めて笑ったらしいが、そんなに以前の私は笑わなかっただろうか。
そうして、明らかに両思いな私たちを見ていて焦れたアリギュラちゃんが、フェムトさんを焚き付けて事件を引き起こし、丸く収めるつもりだった、と。
しかし、結果的に地は固まったが、降らせた雨が大きすぎる。中心街は半壊。奇跡的に死者はいなかったらしいが、被害は甚大だった。
それからは、息をつく暇もなかった。
浮かれたフェムトさんはHL中の放送を乗っ取ってお付き合い報告をするし、クラウスさんは先走って結婚式の招待状を作り始めるし、スティーブンさんにはこっぴどく叱られた。今回の騒動の原因は私にもあるから、仕方がないけれど。
そうして気がつけば、私たちが「恋人」という立ち位置に落ち着いて、一週間。……まさかいきなり、同棲が始まるなんて。まあ確かに、堕落王の想い人ってだけで誘拐されるのは御免だ。事実、何度か寝込みを襲われたらしいのだ。らしい、というのは、全てフェムトさんがあしらってくれたおかげで、目を覚ますこともなく朝を迎えているから。――私の部屋を監視しているらしいという点には、目をつむるとして。これからも続くことを考えれば、面倒だから傍に置いておきたい、と言われてしまえば、反対もできない。
引っ越しで疲れてしまった私は、ソファーでぐったりしながら、ご機嫌で隣に座るフェムトさんを眺めていた。
「そういえば、あの話はどうなったんですか」
「あの話?」
「ほら。捕まったら、人間を辞めさせるつもりだったんでしょう」
「ああ、あれか」
もともとラフな格好が好きだということは知っていたけれど、まさか自宅では仮面すら外しているなんて思っていなかった。そしてなかなかにイケメンだったなんて、本当に思っていなかった。どんなおぞましい姿なのかとちょっぴり期待していたなんて言ったら、盛大に笑われそうだ。
まだ見慣れない瞳の色に、なんだか緊張してしまう。
「言っただろう、もともとは無理やり奪ってやるつもりだったんだよ」
「それは、どういう」
「まあいいじゃないか、その話は。もう終わったことだろう」
はぐらかされてしまった。私の当面の目標は、こういった小さな隠し事を教えてもらえるようになることかな。
むう、と膨れていると、フェムトさんはほっぺたをつついてきた。不服だ。
「ああ、でもそうだな」
むぎゅ、と頬を押しつぶした状態で、指は動きを止めた。
「君が望むなら、共に永久を生きてみるかい?」
その声が、あのときの声と、重なった。
ああそうか、この人は。わがままで誰よりも自信家なくせに、最後のひと押しを恐れる。
「やっぱり寂しがりやさんですね、フェムトさんは」
「どういう意味だい」
「ふふ、もう終わったこと、ですよ」
そう思うと、なんだか可愛くなってきた。もしかしたら、この人はもっと、他の表情も隠しているかもしれないな。
指を外すついでにぎゅっと握って、そのまま手の甲にキスをした。
「考えておきます」
すると、フェムトさんはみるみる赤くなって、そっぽを向いてしまった。手を振りほどかないのは、それほど動揺しているのか、それとも。
しかし、フェムトさんは仮面を被っていて正解だったと思う。この表情豊かな甘いマスクに惚れた女性が、きっといたはずだ。今さっき惚れ直した、私のように。